僕のとなりは君のために
「おい! ビール持って来い!」

君は濡れた唇を手の甲で拭き、大声で叫んだ。

初めて君と出会った日のことを思い出し、僕の背中がぞっくとした。これは非常に方向に向かっているのではないか。君がこれ以上飲んで収拾つかないことになるのは、容易に想像できた。

君を止めようと立ち上がったが、先輩の姿が目に入ったので、もう一度わざとらしく倒れこんだ。

「おう! 酒つえぇじゃん! どこの学科のひと?」

先輩が君に話しかけ、バケツにビールを注いだ。

「うるさい!」

君というと、まるで蝿でも追っ払うみたいに、手で「しっしっ」と振った。そして、両手でバケツを抱きかかえ、一気に中身を飲み干したのであった。

「すっげぇ!」

先輩たちが拍手を送る。

「ささぁ、もっと飲んで」

「うるさい! あ・・・・・・あち・・・行け」

君は言った。

これだけ見て確信ができた。君は酔っているのだ。呂律の回らない口がなによりもの証拠だ。

もうこれ以上関わらないほうが得策だと、僕は思った。

君に気づかれないように、僕は立ち上がり、その場をあとにしようとした。

しかし、「岳志どこ行くの?」の一言が僕の密かな努力をすべて台無しにした。振り向くと、君は僕の真後ろに立っていた。

「あんたも飲んで!」

バケツを腕の中に押し込まれた。ビールが零れ、僕のジーンズを濡らす。

「いま、逃げようとしなかった?」

君は目を細め、僕を睨んだ。

「わっ、酒くさっ」

「座りなさい」

君は急にお姉さん口調になり、子供を叱るように僕の頭を叩き、「飲め」と命令した。
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