僕のとなりは君のために
僕は腕の中のバケツを見下ろし、絶望した。もう逃げられない。

バケツを持ち上げ、一口飲んだ。苦い。どうもビールは好きにはなれない。

顔を歪むと、「もういいよ!」君は何に怒ったのか、素早い手付きでバケツを取り上げると、口を尖らせる。

「男のくせに酒も飲めないの!」

君が高圧的な口調でそういうと、バケツを口に傾けた。

「おい、よせ。飲みすぎた」

僕の言葉が虚しく君の耳元を素通りしていく。

君の顔色が白から赤へ、そして今度は青へ変わった。

「本当にやめたほうがいいよ」

「うるさい!」

腕がつねられ、足を蹴られた。

君の飲むスピードが一向に落ちなかった。ごくごくと、美味しそうに喉を鳴らしてあっという間にバケツを逆さまにした。

両手で胸を撫で下ろす君は、満足そうに目をつぶって、微笑んだ。

そんなの君の横顔を、僕は可愛いと思った。

前に横浜で紅茶を飲んだ時もそうだった。君は美味しいものに出会う、もしくは何かに満足させられたときの顔が格別に可愛いのだ。

これ、すっごく美味しい! とか、この小物がめちゃめちゃ可愛い! とかで君は全身を持って、それを表現するのだ。

決して大袈裟にではなく、控えめで自分の持っている精一杯の感情を表す。

そう。ちょうど今みたいに、目がなくなるほど笑って、小さなガッツポーズをして、胸にある幸福感を自分なりの最大表現をする。

君の前では口が裂けても言えないが、そんなときの君はすごく可愛い。朦朧として、宙に漂う焦点のない瞳も、なんだか儚くて、いとおしく思えた。

「なにじっと見てるのよ?」

君は僕の目の前で、生きてますか? と言わんばかりに手を左右に振った。

「うん?」

どうやらいつの間にか、僕は君に見とれていたらしい。

反省しつつ、照れくささを隠しつつ、僕は目を君からそらした。

その代わりに君の持っていたバケツを手に取ると、「酒、持ってくるよ」とぶっきらぼうに言った。
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