僕のとなりは君のために
ドキッとした。

急いで電車の揺れで目を覚ます君の顔から目をそらした。下に向けた鼻が息切れさえした。再び上目遣いで、チラッと君を見る。

君は何も気づかない様子で扉にもたれ、気持ち悪そうに胸を撫で下ろす。
きっとさっきの揺れで一気に胃袋で溜まったものが逆流したのだろう。

“大丈夫?”と声をかけたくなったが、やめた。もう君のゲンコツを食らうのはまっぴらゴメンだ。触らぬ神に祟りなし、とも言うし。

君は眉間に皺をよせ、まるで何かと対抗しているかのように、片手がセーターの裾を握り締めていて、そしてもう片手が自分の喉を絞めていた。

君の顔が見る見るうちに膨らんで、口の中に溜まったものを懸命に吐き出さないようにしているのがわかった。

勝手な想像だけど、君の口はきっと酸っぱいものでいっぱいだ。なんだか、僕まで気持ち悪くなってきた。


眉間の皺が解くにつれ、君の口の膨らみも減っていった。

それを飲み干すときの感想を君と知り合ってから何度も聞こうと思ったが、なかなか聞くチャンスが訪れてくれなかった。あるいは、チャンスはあったけど、君に聞く勇気がないだけなのかもしれない。

君はほっとしたように、肩を落とした。両手を宙ぶらにさせ、顔からほんのり得意そうな笑みさえ見えたのだった。

だけど、災難はそういった油断から来ることをそのときの君は絶対に思わなかったのだろう。

そして、僕たちの運命の平行線はそのときカーブを描き、交わったのだった。
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