愛シテアゲル
「このまえ渡した合い鍵があるだろ」
「う、うん」
「待っている」
それだけ言うと、翔は背を向けてガレージを出て行った。
まだ『カノジョ』として上手く受け答えできない。小鳥は張り詰めていた緊張を解くように、はあっと息を吐く。脱力感が襲ってきて、MR2のルーフにもたれた。
「ほ、ほんとうに、翔兄のカノジョでいいのかな」
これから毎日、こんなに緊張? こんなにドキドキ?
小鳥はダウンジャケットのポケットから『カモメのキーホルダー』を取り出す。
五日前。翔兄と気持ちを確かめ合った岬の夜、彼からの贈り物だった。
ハタチになった時、誕生日に、小鳥に渡そうと思ってだいぶ前からキーホルダーも探して準備していたんだ。そういって握らせてくれた『合い鍵』。
小鳥じゃなくて、エンゼルじゃなくて、翔兄は小鳥を『カモメ』と喩えてくれたようだった。
その鍵を握りしめ、小鳥は騒ぐ胸を宥めようと呪文のように呟く。
「大丈夫、いつも通り。いままでの私でいいの。きっと、そう」
コドモみたいに思われていてもいい。なにもかもが初めてでぎこちなくてもいい。翔兄はきっとわかってくれている。
カモメの合い鍵を握っていた手を開くと、それでもうっすら汗が滲んでいる。
緊張しているのは、『初カレシ』が出来ただけじゃない。
誕生日の、ハタチの夜に。恋人になった彼から『おいで』の合図。
小鳥の乳房の下には、『予約』といいながら彼が口づけた痕がまだ残っている。