愛シテアゲル


「くそ。本当にタイミングが悪い」

 壁に小鳥を囲ったまま、翔が拳を握って壁を叩いた。
 彼が悔しそうに唸る。

「いまから親父さんたちと三坂峠(みさかとうげ)へ流しに行くんだ」
「三坂に? ダム湖じゃないの?」
「おびき寄せるコース的には、距離がある三坂が良いということになったんだ」

 おびきよせる!? そんな作戦が開始されるんだと小鳥は驚く。

「それがなければ、このまま小鳥を連れて帰るのに」

 ここは小鳥の自宅。それでも彼が連れて帰ると言ってくれた。たぶん、いまなら――。小鳥もそう思う。だって、身体の奥から何かが溢れて、零れおちそうになっている。今まで以上にジンジンと熱くて、つきんつきん痛い。いまならきっと翔兄を受け入れられる。身体がそう知らせてくれる。

 でも。

「行って翔兄。私、ランエボのことが落ち着くまで待っている」
「はあ。なんでだ。この前から――」

 邪魔ばかり。そう呟きながらも、最後に翔は、小鳥の目元にそっとキスをしてから離れる。一息ついて気持ちを切り替えたのか、彼は倉庫を出ていった。

 小鳥はしばらくそこから動けなかった。
 本当にタイミング悪い。どうして、なかなかふたりきりになれない。ゆっくりできない。

 ようやっと女として大好きなアナタが欲しいという気持ちがわかってきたのに。

 だけれど、小鳥は思う。ピットに揃っていたスポーツカー。今の彼には龍星轟の男でいて欲しいと。




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