愛シテアゲル


「大洋兄のお茶、ひさしぶり」
「柚子ティーに、ハチミツレモン。どれにする」
「ううん。シンプルにそのままがいいな」

 カップに熱いお茶が注がれ、少し甘い芳しさがキッチンに広がる。

「いらっしゃい。小鳥ちゃん」

 お茶ができたところで、農作業姿の『珠里おばさん』が帰ってきた。

「お邪魔しています。珠里おばさん」
「おひさしぶりね。ゆっくりしていってね」

 ほっかむりの農帽を取り払うと、ショートカットの綺麗な黒髪が艶やかに現れる。そして小鳥にやんわりと微笑む。幼馴染みの母親。

 島の幼馴染みのお母さんを見て、小鳥はいつも思う。『珠里おばさん、ほんとうに何歳なの?』と。
 琴子母と同い年だと聞かされていても、年齢を知っているからこそ会うたびに思ってしまう。

 綺麗な黒髪も、そんなにくたびれていない肌も艶やか、なによりも眼差しがしとやかで、微笑んだ時に僅かに緩む唇が、それだけで芳しく開く紅い花のように悩ましい。ほんのりと漂う色香がとても女っぽい人。

 ほんとうに、自分の母親と同世代? まさにこれぞ『美人』だと小鳥も思っている。

 珠里おばさんは時々、夫の勤め先である真田珈琲本店を訪ねてくることがある。

 だいたいが果樹園から企画されたスイーツを売り出す打ち合わせでやってくるのだが、農作業着から女性らしく変貌した珠里おばさんは、とても目を引く。

 いつも怖い顔をしている狼会長の真田氏がなし崩しに笑顔だけになってしまうという、とんでもない現象が本店に起きる。真田本店のスタッフ達もそれはよく知っていて、専務夫人のことを密かに『島の魔女』と呼んでいたりする。



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