愛シテアゲル
「小鳥はもう大人だ。やりたいと思ったこと、真っ直ぐに取り組むんだよ。若いと思っていてもあっという間に時間は過ぎるし、若い時から取り組んできたことは、いつ花開くかわからないけれど、いつか開くための栄養になる。三十やそこらで成功しようだなんて思っちゃけいない。でもチャンスも逃しちゃいけない。謙虚に弁えて、腐らずに淡々と、そして沢山のものを見て目を養うんだ」
バーテンダーという職人の言葉だった。小鳥はゆっくり静かに頷く。
「開けてごらん」
小鳥は真っ赤な箱を開けた。
繊細な唐草の透かし模様が入ったグラスがふたつ。箱にはバカラと記してある。
「いつか愛した男性と一緒に使って欲しいな。小鳥の花嫁姿が見られないかもしれないから、いま贈っておこうね」
「ヤダよ。おじいちゃん。そんなこと言わないで……」
きっと伊賀上マスターも、小鳥が誰を好きか知っているはず。ずっと真っ直ぐにその人だけを見てきたことを、黙って見守ってくれていたのだろう。
それが誰か琴子母同様、おじいちゃんも口にはしない。
「でも嬉しいな。やっと小鳥に僕のカクテルをご馳走できるね」
あ、ほんとうだ。
小鳥もこぼれそうになった涙を止めて、そのグラスを手に取った。
「おじいちゃん。これに……カクテルつくって。私の初めてのお酒だよ」
伊賀上マスターがちょっと驚いた顔をした。