愛シテアゲル


「今夜はどうするか。峠は勝手に行かないよう禁止令が出ている。直ぐに帰ってこられる海辺を走るか」

 バンパー前にふたり揃って並んで座っている。直ぐそこにお兄ちゃんの八重歯の笑顔。

「う、うん」
「今夜は俺が運転席で、小鳥が助手席だ。いいな」

 この前みたいにここでキスしたら、今度は怒られるかな。
 やっぱりお兄ちゃんの顔がそばにあると、ドキドキする。
 いままで感じもしなかったお兄ちゃんの手にもドキドキする。

 好きで好きで大好きで……。
 でもいまお兄ちゃんの頭の中は、車のことだけみたい。
 だから小鳥は溢れてしまう想いを、胸の奥に押し込める。
 




「さあ、行くぞ」

 久しぶりにMR2のハンドルを握った翔は嬉しそうだった。

 空港通りからフェリーが着岸する三津浜や高浜、観光港と港をなぞるように走る海岸線。走れば走るほどなにもない海岸沿いの道になる。

 カーブが続く夜の道は交通量もなく、走りたいドライバーにはもってこいのドライブポイント。

「うん、いいな。エンジンもチューンナップしておいたんだ」

 仕事場では涼やかな眼差しで硬い横顔を見せている翔。笑みもない冷徹な目で親父さんに意見する。
 なのにひとたび微笑むと、チャーミングな八重歯をのぞかせ、いつもは冷たく近寄りがたい眼差しが優しく緩む。

 その顔で『小鳥』と呼ばれることに、もう何年ドキドキしてきただろうか。
 いまも、こんなに、ドキドキしている。

 英児父の目の前で毅然とした口調で自分の考えを述べ、親父さんを説得していたあの姿。
 なのにハンドルを握ったら、始終笑みを浮かべて少年のように軽やかにアクセルを踏む。



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