愛シテアゲル


「翔兄――」

 小鳥も駆けつけるが、翔より背丈があるワイシャツ姿の男が高々と拳を振り上げている。

 やめて! その男の背に飛びつこうとしたが、硬い拳が翔の顔面へと振り落とされる。

 イヤ! 目をつむったが、ガンとルーフに激しくぶつかっただけの音。
 目を開けると、翔は顔を背け僅かに難を逃れている。その代わりにこちらも形相が変わった。

 今度は翔がランエボの男の胸ぐらを掴みあげていた。

「なぜ俺じゃなくて、俺が乗っていない車を狙ったんだ!」

 男の顔が息苦しそうに歪む。翔もそれだけ手加減をしてないということ。
 男も手加減なし、翔の首元に掴みかかったまま、おなじように締め上げている。そしてその問いに決して答などしない。

 だが翔が言ったひとことで男の顔が変貌する。

「瞳子か。いつ帰ってきた。瞳子に会ったのか」

 瞳子さん? 突然出てきたその名に、小鳥は呆然とする。

 翔兄の学生時代の知り合い、サークル関係、そして瞳子さん。これだけ揃ったら小鳥でも気がつく。ランエボの男は、横恋慕をしていたのだと。

 瞳子の名が出るとその男の様子が激変した。お互いに首元を締め付けて、一歩も譲らない男同士。歪む男が翔にやっと叫ぶ。

「オマエのせいで、オマエのせいで! 瞳子先輩が不幸になったんだ!」



< 213 / 382 >

この作品をシェア

pagetop