愛シテアゲル


 彼の肌がいつも以上に汗ばんで、普段は微かに鼻をかすめていく程度だったあの匂いが、いまは強烈にそこらじゅうに満ちている。

 この匂いを持っている男は今までは一人だけだった。
 その人が小鳥に『大人の男、女を愛している男の匂いはこういうもんだ』と、幼い時からその匂いだけで教えてくれていた。

 また同時に。この匂いに包まれて、襲われて? 甘く優しい魅惑的な香りを放つ女性も知っている。
 男に愛されたら、女はあんなに素敵になるんだって――。
 それも知っている。もの心つくころから、それは両親の周りにたちこめていた。

 いつか自分も、そんな匂いの男性に出会えるのかな。私はその匂いを見つけられるのかな。感じられるのかな、そんな男の人、他にいるのかな。父ちゃんだけが特別なのカナ? ずっとそう思ってたけれど『見つけた』。

 やっぱりこの人だった――。

 そして自分は、ちゃんと魅惑的な香りで彼を満足させられるの?

 まだ子供……。ハジメテで彼をどう喜ばせたらいいかもわからない、大人になりきれない女の子なだけで。


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