愛シテアゲル


 トートバッグから急いでスマートフォンを取り出し、メールか電話か、とにかく連絡をしてみようと小鳥は慌てた。

「武智。悪いけどよ。翔と二人にしてくれ。外を掃除している矢野じいも事務所に帰ってこないよう誤魔化してくれないか」

 そんな声がドア越しに聞こえ、小鳥ははっとしてスマートフォンを操作する指先を止めた。

「わかった。タキさん」

 ドア越しの会話に小鳥の心臓が早く動き出す。

 朝の事務所に、車を置いていったはずの翔が既にいる。きちんといつもの早い時間に出勤している。

 しかも英児父は人払いをしてまで、翔と二人きりになろうとしている。それはなぜ? 夜明け前に帰ってきた娘から、英児父は確かに『好きな男と一晩一緒にいた娘がどうなったか』も察していたと小鳥は思っている。

 そう思って……。では、英児父はどうでるのか。

「昨夜は大変だったな」

 姿は見えないが、英児父のそんなひとことから聞こえてきた。声が近いので、ドアのすぐ前にある社長デスクにいるようだった。それならそのデスクの正面に彼がいるはず。

「申し訳ありませんでした。こちらの交友関係で起きたことで、ご迷惑をおかけしました」

 律儀で生真面目な翔兄が、いつもの落ち着いたクールな横顔で頭を下げている姿が浮かんでしまう。



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