愛シテアゲル
一階の事務所に行くと、英児父がスカイラインで出かけるところだった。
どうやら本当に忙しいらしい。
「わりいな。小鳥。翔と一緒に、あの車の仕上げを頼むな」
矢野じいに言われ、小鳥も素直に頷いて事務所の外に出る。
ピットを出た外に、黒のランサーエボリューション。
そこで翔が既にワックス缶を片手に立っていた。
やっと結ばれた憧れのお兄ちゃん、私の恋人――と、うっとりしたいけれど、やっぱりまだまだ夢のよう。
龍星轟のワッペンがあるレーサーチームのような紺色のジャケットに、お揃いの作業ズボン、背が高い彼が背筋を伸ばして立っていると遠目でも目立つ。
春先の優しい風に、彼の前髪と耳元をくすぐるくせ毛が柔らかにそよぐ。
ワックス缶を眺めている涼しい一重の眼差し……。それだけで男の匂いがここまで漂って来そう。
あの人は変わらず遠くから見る王子様、でもあの男の人の毛先が小鳥の肌をくすぐったし、あのクールな眼差しを潤ませて、小鳥をみつめて愛してくれた。
うー、やっぱり。それだけでドキドキしちゃって、近づけないよ。もう一緒に仕事なんてできないよ。
なんて一人で悶えている小鳥に、彼が気がついた。
「小鳥? どうしたんだ」
それでも小鳥は気持ちを切り替え、父親に言いつけられたことをやり通そうとする。
「翔兄。父ちゃんに手伝えって言われたんだけど」
「そうか。では、向こう半分をよろしく」
仕事中の冷めた目と素っ気ない受け答え。
仕事中の彼はそういう人をわかっていて、小鳥もピットからワックスがけの道具を揃え、彼の手伝いを始める。