愛シテアゲル


 もうもう、ここが父ちゃんのデスクでなければ『翔兄!』って抱きついているのに――と、もどかしい。そうしたらきっと翔兄もいつもの優しいお兄ちゃんの顔になって抱き返してくれるのに。その時に伝わるお互いの肌の柔らかさとか、体温とか、匂いとか、手触りとか。それを知って、二人で一緒に安心できるのに。

 今夜、翔兄のマンションに行こう! ようやっと心浮き立ったその瞬間、英児父に告げられる。

「それでな。翔……。瞳子さんがおまえに会いたがっていた」

 翔と私。嫌なことがあったけれど、ふたりで寄り添って忘れよう。ようやっと嫌な出来事から一歩踏み出せる。そんな小鳥の気持ちをかき消すように、英児父が正面にいる部下にメモ用紙を差し出した。

「瞳子さんの携帯番号、それから、待ち合わせ場所だ」

 もう二度と会わないと、彼は心に決めてくれていた。それを小鳥の前で、もっと言えば、その時一緒にいた英児父の目の前で『二度と会わない』と言い切ってくれていた。

 なのに。上司である英児父から、そのメモを差し出している。まるで『会ってこい』と言わんばかりに……。



< 305 / 382 >

この作品をシェア

pagetop