愛シテアゲル
「うわー、うわー。武ちゃん、やばくない? 父ちゃんと矢野じいがマジ喧嘩するなんて、私が子供の時以来だよね」
事務所のガラスドアから二人の背中を追うと、最後に英児父の方がジャケットの襟首を矢野じいに掴みあげられガレージに消えたのが見えた。
「……わ、矢野じい。本気かもよ。あれ」
一緒に覗いていた武ちゃんも焦った顔。
ガレージから矢野じいの怒声が微かに聞こえてきたけれど、なにを叱られているのかわからなかった。
「まだまだってことだね。タキさんも。お父ちゃんとしても、矢野じいの方が先輩だもんなー」
矢野じいも娘がいるお父さん。もう孫も大きくなって成人しているだけに、英児父より先に『複雑な男親心』を噛みしめてきたのだろう。
そう思うと……。先ほどの、英児父の遠回しな煽りも腹立たしくなくなってしまった。
「矢野じい。なんて怒っているのかな」
「娘に喧嘩売るな、大人げない――じゃないかな? 俺も思ったもーん。なのに、娘の方がしっかり大人の顔で言い返したもんだから、父ちゃんの負けってわけ。娘にしっかりやり返されてイライラしていたんでしょ。それで矢野じいに当たったもんだから、矢野じいも売られた喧嘩買ったんでしょ。俺に喧嘩売るなんざ五十年早いが、矢野じいの昔からの口癖。まあ、久しぶりだけどね~」
俺は殴り合いになって、器物損害がなければ全然平気。武ちゃんはガレージで殴り合いの様子がないことを確認すると、もう他人事とばかりにデスクに戻ってしまった。