愛シテアゲル
シートベルトをすると、運転席に翔が乗り込んだ。
「これで最後だ」
シートベルトを締める彼が、自分に何度も言い聞かせているように見えた。
男らしい指先がキーを回しエンジンがかかる。長いデニムパンツの足がアクセルを勢いよく踏み込むと、スープラが唸った。
―◆・◆・◆・◆・◆―
この街に観光に来るならば、この温泉街が目的になるのだろう。
明治の情緒が薫る道後温泉本館の前を通り、スープラはカフェへ向かう。
その道沿いを助手席で眺めていて小鳥は気がついた。
「もしかして。翔兄の実家の近く……?」
「ああ。うん。たまたまな。瞳子も実家が近いから、いつも……」
そこで彼が話している途中なのに言葉を止めた。小鳥も察した。ああもしかして、恋人だった時に良く通っていたカフェなのかなと。
結婚前の彼女は実家暮らしだったらしいから、彼と待ち合わせをするのにちょうど良いところだったのかもしれない。そこへ今の彼女を連れて行くことになる、だから、彼が躊躇って黙ったのだと――。