愛シテアゲル


『ヤダよ。古都の老舗和菓子屋の嫁だなんて。皇室御用達なんだよ。あそこのお母さん跡取り娘でお父さんは婿養子。姑最強な家に嫁ぐだなんて、相当な覚悟がいるよ』
 

 花梨の悩みはそこもある。なんとなく好き合って付き合って楽しいキャンパスライフ――の、つもりが、本気で好きになるとあんなに苦しむことになるだなんて。

 自暴自棄にもなるのかな。まだ男性と付き合うようになったばかりの小鳥にはわからない。わかったつもりで言葉もかけたくない。役立たずだった。
 

 お兄ちゃん、また聞いてくれるかな。

 そう思いながら、カモメの鍵を手にする。今日はチャイムなしで鍵を開け、ドアを開ける。
 というのも、駐車場に既にスープラが停まっていたので、先に帰ってきているとわかっていたから。

 だが、玄関ドアを開け、小鳥は立ち止まる。彼がいつも履いているスニーカーの隣に、女性のブーツがある。かかとがない、でも、大人の女性が好んで選びそうな上品なデザインの――。

 誰? 翔に兄弟はいない。女性の家族が来るとしたら母親しかいないはず。でも、お母さん達が選ぶような靴でもない。

 嫌な予感がした。靴を脱いでリビングの廊下へと歩き始めた時、奥から囁くような翔の声が聞こえてきた。



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