愛シテアゲル


 意地悪い走り屋がすることだった。遠くに走りに行けばたまに会うことはある。だがこの峠では初めて。つまり『余所者』!

「そっちがその気なら――」

 仕方がない。もうすぐ頂上の駐車場。そこに逃げ込めば、この車も走り去っていくだろう。ほんの少し付き合ってあげればいい。

 窓を閉め、小鳥はハンドルを強く握りしめる。ギアを入れ直し、アクセルを踏んだ。

 案の定、小鳥がスピードを上げて離れると、追いつくようにして向こうが追い抜きにかかってきた。上手く土俵に乗せられたことになる。

 峠岩肌が直ぐ側のインカーブ。そこで向こうがどう出てくるかドキドキしながら、でも、小鳥の心は燃えていた。こんな時にこんな血が騒いでしまう。

『おめえ、やっぱ俺の娘だわ』

 父が助手席に乗って、悪い車のやり過ごし方を教えてくれたことがある。悪い車の役を清家のおじさんがわざわざやってくれた時の小鳥の切り回しを見て、そう言っていた。

『嫌なヤツには、ぜってえ負けねえ。俺の根性そっくりだわ。やりすぎんなよ』

 悪い車はな――。ハンドルを握り直すと、隣に父がいるかの如くその声が蘇る。

 インカーブ。小鳥の目線は前、そして一瞬だけ右をかすめる。思った通り、アウトラインから並んで抜きにかかってくる。こっちは争う気はない。アウトから楽々抜けるなら、今すぐここで勝ち誇って抜いていけばいい。それで済むなら……小鳥は祈った。



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