愛シテアゲル
もう頭が真っ白だった。ランエボのことなど……。
ハッと気がつくと、目の前のランサーエボリューションがゆっくりとバックをして暗闇へ溶け込むように遠のいていく――。
フフフと嘲笑うように。まだ運転が未熟な年少者の無様な姿を確かめて、悦に浸って余裕で去っていくその姿に小鳥は怒りを覚えた。
「待て!」
ムキになるなよ。父ちゃんの言葉も、かき消えていた。あんのランエボめ、とっつかまえてやる! 恐怖もすっ飛んでいた。
だがそこで、助手席にあるスマートフォンが鳴った。翔からの着信音だと気がついた小鳥の熱がさっと冷める。
ハンドルから手を離し、小鳥はそのままシートに身を沈め、深く息を吐いた。
ランサーエボリューションが下りの峠道へと消えていく。高らかに響かせるエンジン音が憎たらしいほど。
脱力。カレシの部屋に元カノが子供連れで戻ってきているし。こちらはこちらで、初めて質が悪い車に絡まれた。しかも、車……。大事なMR2が傷ついた。
スマートフォンを力無く取り、小鳥は耳元にあてる。
『小鳥、どこにいるんだ』
その声を聞いただけでホッとする。