女王の密戯
同日都内某所。
十三時二十分。

茶田の隣では由依が胃の辺りに軽く手を添えている。どうやら腹が減ったようだ。

「まだかかるから、これで飯でも食ってこい」

茶田は黒く草臥れた財布から千円札を一枚抜き取って由依の前に出した。それを目にした由依はぶんぶんと首を横に振る。

「待ってるんで、一緒に食べたいです」

素直な女は確かに可愛い。だが由依に対してはそうは思えずに、溜め息を吐く対象にしかならなかった。
他にも由依が傍にいることで溜め息を吐きたくなることはある。

誰かに話を聞こうにも、上背のある茶田と三浦だけなら相手はそれだけで怖じ気付き聞いてもないことまでぺらぺらと喋ってくれのだが、由依がそこに加わるだけで空気を和らげてしまい、相手も何処か安心してしまうのだ。そうなると相手は隠し事を簡単に作ってしまう。

「頼むよ、飯、食ってくれ」

茶田は眉を下げた由依に顔を近付けて言った。由依は茶田より三十センチ近く背が低いのでそうするにはかなり腰を曲げなくてはいけない。

「……わかりました」

由依は茶田の懇願する様に負けたのか少し頬を膨らませながらも納得してくれた。茶田はそれに軽く微笑みながら頷き、千円札を由依に握らせた。

「じゃあ、終わったら電話して下さいね」

由依は渋々、といった様子で握らせた千円札を見ながら言う。茶田はそれにわかった、と答え、去っていく由依の背中を見送った。小柄で、とても刑事という職業には見えない後ろ姿。

茶田はそんな由依が見えなくなってから小さく溜め息を吐いた。どんなに慕われようが、どんなに想われようが彼女の気持ちに応えることも出来なければ、彼女を一人の女性として見るつもりもない。
それでも彼女は諦めずにこういった行動を取り続けるのだろうか。


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