女王の密戯
「んー……だから、特にないっていうかさ、俺なんかはアルバイトのことまで把握してないんだよなぁ」

中年を少し過ぎた男は白髪混じりの頭をぽりぽりと掻きながら言った。彼は今撮影中の映画の監督らしく、座っているチェアの背凭れの後ろには「中里監督」と立派な刺繍が施されている。

「何でもいいんですよ。何か、ないですかね?」

茶田は上半身を軽く折り、頭の位置を低くした。これは中里と立って話をしたとき、彼が茶田と三浦の長身さに眉をしかめたからだ。中里の身長はどう見積もっても百六十と少しくらいなので、それに対してコンプレックスを抱いているのだろう。
それを少しでも和らげてやる為に茶田はこうした姿勢を取っているのだ。

「だから、ないんだよ。印象なんてさぁ」

中里は下顎を少しばかり前に出して答える。いや、下顎を出したのではなく元々出ているので、喋るとそう見えるのだろう。答えるつもりどころか、端から記憶を探るつもりもなさそうだ。茶田はそれに中里から見えない位置で溜め息を吐いた。

「わかりました。なら、他のスタッフや俳優の方たちにもう少しお話を聞かせて頂いても構いませんか?」

茶田が笑顔を向けながら言うと中里は撮影の邪魔にさえならなければいい、と了承してくれた。とはいえ、もう少し話を聴いて回ったところで結果は変わらないだろう。

茶田はでは、と中里に軽く頭を下げて、三浦に目配せをした。すると三浦も中里に軽く頭を下げ、茶田と同じタイミングで立ち上がった。
撮影所の中は始終誰かが慌ただしく動いている。

スタッフは右へ左へと移動し、女優や俳優はゆったりと移動している。同じ世界に身を置いていても立場が違えば扱いも何もかも違うのだろう。それは警察も同じこと。
となると、それが世の中の仕組みということなのだろう。


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