女王の密戯
会計は紅華が全額払うと言うのを押し切り、茶田は自分と三浦の分は払うと返した。
紅華は自分が誘ったのだから、と眉を下げたが職務上そういうわけにはいかない言い聞かせた。だが茶田の手持ちの金では当然足りずに三浦には自分の分は確りと支払ってもらった。

ここの一食分で一週間は飯が食える、と茶田は福沢諭吉が書かれた札を二枚出しながら思った。
大して旨いとも言えないものに金を出すのが芸能人のステータスなのか。それは茶田にはさっぱり理解出来ないことだった。

「ではまた、お話を伺う機会があると思いますが」

料亭の前でタクシーに乗り込む紅華に茶田は笑顔を向けて言った。タクシーの運転手は紅華のあまりの美しさにか緊張しているようで、ハンドルを握る手が固まっているように見えた。

「ええ、わかりました」

紅華はにっこりと微笑みながら軽く会釈をした。
茶田はそれに頷いてからタクシーを離れ、車を停めたスペースへと足を向けた。

「やけに気にしてるみたいですね」

運転席に乗り込んだところで既に助手席に座っている三浦に言われた。三浦は茶田の顔を見ずにシートベルトを装着している。

「だって、気になるだろ」

茶田も窮屈なシートベルトを装着しながら答えた。シートベルトの着用が義務付けられる前はこんなものはしていなかった。これをしていようがしていなかろうが、死ぬときは死ぬし、助かるときは助かるのだ。
結局、人間なんて寿命なのだから。

「完璧過ぎますよね」

三浦は漸く茶田のほうに視線を向けた。
伸びた前髪が鬱陶しくないのかと思ってしまう。


< 28 / 70 >

この作品をシェア

pagetop