女王の密戯
茶田は軽く息を吐きながらボタンを押した。すると「メッセージを消去しました」という冷たい声がした。
それはテレビの音に掻き消されそうだったにも関わらず、残されたメッセージだけは確りと耳に届いた。
連絡し直そうにもまだ事件は解決していない。そうなると用件を聞いたところでそれに応えられるかどうかはわからない。
それなら向こうからの連絡を待った方が賢明だ。理由は応えなければ済むだけの話だから。

茶田はもう大分古くなったソファに身を深く沈めた。きし、と小さくスプリング音がして、これを買ってからももう十年も経つのだと思い出した。
五年前に引っ越しをしたとき、使っていたものは殆ど処分し新しいものに買い替えた。新しい気分になりたかったわけではない。全てを忘れたかったわけでもない。

ただ、思い出すことが嫌だった。

思い出が染み付いたものを見て感傷に浸るのが嫌だった。

思い出したくないのは幸せだった頃の記憶であり、忘れていけないものは確りと胸にも脳にも刻んである。それなら懐かしむ必要など何処にもありはしないのだ。

それでもこのソファだけは処分出来なかった。一番思い出があるものは結局手離せなかったのだを

茶田は静かに自嘲してから立ち上がり、二杯目のコーヒーを淹れる為にキッチンへと向かった。





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