女王の密戯
「おはようございます」

撮影所は一晩明けても慌ただしく、大勢の人が相変わらず右往左往していた。
警察がこうして何度も話を聞きに来るせいで撮影が滞ってしまうのだろう。それを煩わしく思っている証拠に茶田の挨拶に返す者は誰一人としてこの場にはいなかった。

「おはようございます。夕べはどうも」

茶田が挨拶の返ってこない現場を見回していると、背後からハスキーな声が聞こえた。振り返るとそこには紅華が豪華な衣装に身を包んで立っていた。
隣には付き人だという武宮公佳が静かに立っている。地味な彼女はどうしても紅華の引き立て役にしか見えない。

「この映画は、どういったお話なんですか?」

茶田が訊くと紅華は少しお待ち下さい、と首を斜めに動かしてから公佳に視線を移した。

「刑事さんとお話するから、羽織るもの持ってきて」

紅華は少し低いトーンでそう言った。体のいい雑用係。はい、と小さな声で返事をする公佳を見ながら茶田はそう感じた。紅華の衣装は肩が出ていて、見るからに寒そうだ。
程なくして公佳は走りながら厚手のコートを紅華に羽織らせた。紅華はそれに対して礼を言うわけでもなく、それが当たり前かのようにコートに袖を通した。

女優と付き人の関係というのはこれが当然なのだろうか。それとも紅華には優しさというものが欠けているだけなのだろうか。

「映画の内容についてでしたね? ああ、そこにお掛け下さい」

紅華はコートを着終えると、スタッフ用の椅子に掌を向けた。だがそこに椅子は三席しかなく、このままだと三浦か由依が立ったままということになる。

「公佳ちゃん、椅子は?」

それに気付いた紅華は公佳にちらりと視線を向けた。すると公佳はすみません、とぼそりと言った後に慌てて走り出した。

「や、結構ですよ。自分、立ってますんで」

三浦が大きな声で公佳の背中に向けて言ったが、公佳にはそれが聞こえなかったようだ。


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