女王の密戯
「ガイ者(被害者)は大城和樹(おおき かずき)三十歳です」

三浦はビニール袋に入った免許証を茶田に見せながら答える。その手にはきちんと白手袋が嵌められているが茶田は素手のままだ。

粉雪が水分を含み始め、重たいものへと変わった。三浦の肩に落ちては即座に溶けてなくなる雪を茶田は眺めた。

真横には男の遺体。
頭を何かでかち割られたようで後頭部が僅かに凹み、そこから出血しているがその血液は既に乾き、赤黒くなっている。

「近くに凶器と思われるものはありません」

三浦の律儀な報告を聞きながら茶田は転がされた男に視線を向けた。
鑑識が何枚も写真を撮っている。

殺されたのに見世物のように撮影されるなんて堪ったもんじゃない。

茶田はその光景を見ながらいつもと同じことを思った。だがこれをしないことには、彼を無惨に殺し、こうして転がした犯人を捕まえることは出来ない。

廃ビルとなった屋上で撲殺され放置された男。
彼は生きているとき、自分がこんなふう死ぬとは思ってもみなかっただろう。誰だってそうだ。

まさか自分が誰かに殺されるなんて思うわけがない。

更に寒さを増した屋上の隅に少しずつ雪が積もり始めた。鑑識達はその雪で犯人の痕跡が消えないうちに、と必死で指紋採取やら靴痕の採取やらをしている。

幾ら指紋が採れたって前科者のデータベースにいなければ意味がない。幾ら靴痕から靴を特定出来たって、同じ靴を履いている人間はこの日本にごまんといる。

どれもこれも意味があるようで無意味なのだ。
走り回って犯人を探したって、宛がなければ特定すら出来ない。
そうやって犯人を取り逃がし、検挙出来なかった例は何千とある。

なら、警察組織なんて無駄なものじゃないか。



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