瞳の向こうへ
まだ中に入っているのかなあ。

『葵ですか?』

お母さんが私の心を読みといてくれました。

「葵ちゃんは中に?」

「いいえ。私たちと廉を見てすぐ用事があるって出掛けました」

「出掛けた?」

「はい。私たちもどこ行ったか見当がつかなくて……」

両親が顔を見合わせて首を捻る。

「失礼します」

私はデイルームへ戻り、葵ちゃんに電話をかけた。

「……電源切ってる」

青柳君たちや源先生は午後から甲子園だし。

……行くだけ行ってみようか。

エレベーターで五階まで上がる。

ちょうどデイルームにお目当てがいた。

「おはようございます」

あいにくの天候なのにこの眩し過ぎる笑顔を見たら一瞬全てを忘れたくなる。

車椅子も松葉杖もない。

若い子の回復力は恐ろしいね。

「先生。今日訓練で甲子園の準決勝観に行くはずだったんですけど、明日になっちゃいました。仕切り直しです」

< 265 / 325 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop