生前の君に捧ぐ、最初で最後の物語
「太一郎、出歩くのはよしなさい。余計に悪化しますよ」

姉の心配の声を押し切り、私は封に入れた原稿を片手にあの場所へ向かった。
いるのかも分からない佐久子の待つあの川へ。

この日は一段と寒く、空も白い。おそらく雪が降るだろう。
そんな日に佐久子がやってくるとも思えない。
しかしこれから私は毎日此処に来るから必ず会う事は出来るだろう。

「今日はいないか」

夏の日に出会った頃と大体同じ時間。私は佐久子を待った。
来るかも分からない彼女を、ただひたすらに。
最悪な場合、彼女は約束をしたことすら忘れているかもしれない。
その考えは今はやめよう。それに私はただ信じている。
あの人は嘘を吐くような人間ではないということを。
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