Mezza Voce Storia d'Aore-愛の物語を囁いて-
 今夜はジェイムズが来なければいい。そうすれば、惨劇を目にせずに、結果を聞くだけになる。

 毎夜毎夜、欠かさず訪れるジェイムズだから、今夜だけは来ないという確率は低い。きっとジョーンの部屋に来るだろう。

 ジェイムズの死に立ち会うのだ。

 ジョーンはマードックを思い出した。

 スコットランドに来てすぐの頃に、ジェイムズに暗殺の手伝いをさせられた。暗闇から聞こえてきた死の音を、ジョーンはしばらく忘れられなかった。

 血の吹き出る音が耳から離れず、苦しかった。

 ジョーンは頭を振って、マードックの死を追い払った。

(昔の私と違うわ)

 何も知らずに、育ってきた少女ではない。今はたくさんの経験を積んだ女性だ。ジョーンは本に目を戻した。

(ジェイムズが死ねば、私は自由になれるのよ)

 堂々とケインと一緒に過ごせるようになるのだ。ジェイムズの死など、すぐに忘れられる。
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