Mezza Voce Storia d'Aore-愛の物語を囁いて-
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 ゼクスのテントを出ると、本拠地の後方へと歩みを進めた。剣が甲冑に当たり、リズムを刻むように甲高い音が鳴った。
 ゼクスとケインが並んで歩く。その姿を、兵士たちが作業している手を止めて、見ていた。ゼクスの全身から緊迫したオーラが放たれているからだろうか。

 これから何が起きるのかと、兵士たちの目に不安が過ぎっていた。ケインも怖い顔をしていたかもしれない。
 兵士はいつでも顔色を窺っている。ゼクスに言われた言葉を思い出すと、緊張している身体の力を抜いて歩いた。
 人の上に立つ者として、堂々と行動する。心に言い聞かせると、しっかりと前を見つめた。

「予想通りの動きをしてくれる」
 緊迫したオーラが突然ふっと消え、ゼクスが楽しそうに言った。ロイは西側の一番端にテントを張っていた。
「奇襲の確率が、一段とアップしたな」

 テントの前でゼクスが足を止めると、顎髭を触った。ゼクスがテントの布を捲ると、中で休んでいたロイを呼び出した。
 ロイが外に出てくると、ケインと目が合った。ケインはロイに笑顔を送る。ロイが驚いた表情をしつつも、ゼクスを見て挨拶の言葉を述べる。

「貴殿の部隊はとても優秀だ」
 ゼクスが笑顔で話しかけた。光栄だとロイが答えるものの、少し警戒をしているようだった。ゼクスとケインの両方の顔を不審な目つきで、交互に見る。

 国王軍に後ろめたい気持ちがあるのだろう。内応者であるロイのところに、ケインとゼクスが供の人間も従えずに来たのだ。今までの行動に落ち度がなかったか、振りかえっているのかもしれない。ロイの指が落ち着きなく動いていた。

「お二人だけで、私に何か用事があるのでしょうか?」
 ロイの声が震えていた。内応者だと知られてしまったのではないか、と不安なのだろう。冷や汗が頬を伝っていくのがわかった。

「ロイにしかできない仕事なんだ。受けてくれるかな?」
 ケインは笑顔を崩さずに、口を開いた。ロイの目が大きく開き、人差し指で顔を差した。驚いた表情をしながらもロイが、安心したように息をそっと吐き出していた。内応者だと知られていないと思ったのだろう。
 何も知らないロイの行動一つひとつが、馬鹿な人間の動きに見えた。

(ロイだからできる仕事だよ)
 ケインは目を細めて微笑むと、カッと目を見開いた。憎しみの籠った目でロイの顔を見る。ゼクスが剣の柄を握って、足を動かした。

「裏切り者には、もう用はないんだよ」
 気配を消してロイの背後に立ったゼクスが、剣を首筋にあてた。ロイの目が首元の剣にいき、息を吸い込んだ。

 悲鳴を上げるつもりだったのか。何か言い訳をするつもりだったのか。ロイが中途半端に口を開きかけたとき、ゼクスの刃が、ロイの首に吸い込まれた。
 勢いよく、ゼクスが剣を引く。刃がロイの身体から離れると、血しぶきがあがった。真っ赤な血が空に噴き上がる。

 ケインの顔面にも血が噴きかかった。瞼を閉じて横を向いたが、ロイの生暖かい血がべっとりと髪や顔についた。鉄のような臭いが、鼻につく。

 ぴゅうと音を出しながら血を噴き出し、目を開けたまま、ロイが膝から地面に倒れていった。目はケインの足先を見ていた。

 ケインとゼクスの全身が真っ赤に染まった。テントの布はロイの血を吸いこんで、染みとなった。
 木の枝がばらばらと下に落ちる音がして、ケインは振り返った。兵士の一人が、驚いて下に落としたようだった。

「ロイ・クライシスはブラック・ダグラス軍の内応者だ。裏切り者を処刑した。死体を処分しておけ」
 ゼクスが剣を鞘におさめた。兵士は甲高い声で返事をすると、走ってその場を離れた。
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