Mezza Voce Storia d'Aore-愛の物語を囁いて-
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 一四四三年六月一七日。午前二時。角笛が鳴り響いた。甲冑を着たまま椅子に腰掛けていたケインは、目を見開くと立ち上がった。剣を抱えて座り込んでいたゼクスも顔を上げる。

「ブラック・ダグラス軍も予想通りの動きをしてくれる」

 ゼクスが立ち上がった。ゼクスの隣にいたエドマンドやレッド家のジェームズ・ダグラス、ジョージ・ダグラスも一斉に立ち上がった。この場にチャールズがいたら、大喜びをしそうだ。

「慌てる必要はない。それぞれの配置についてくれ」
 ゼクスの命令に、その場にいた三人が頷いた。

「エドマンド、見張り台に行って、バハン伯の有無を確認してくれ」
 ケインは椅子の隣に置いてある兜を手に取ってから口を開いた。

「それとゼクス、早馬を出して、チャールズに来るように伝えてほしい」
 ゼクスが頷くと、兜を被って先頭を切ってテントを飛び出していった。張り切っている背中が妙に頼もしく見えた。次にエドマンドが外に出た。

 少し遅れて、レッド家の二人もテントを出て行った。
(今夜で終わりにしよう)

 ケインは兜を被ると、布を持ち上げて外に顔を出した。篝火で陣地が見える程度だった。
 馬の脚音が聞こえた。近づいている。何十もの音が重なり、地響きをしていた。
 ケインの周りでは兵士が、配置に着こうとしていた。甲冑に身を包んでいる男たちは馬に乗り、隊列を組む。

 楔帷子だけの歩兵は、大きな楯と長い槍を持って、馬防柵の背後を固めていた。歩兵の後ろには弓隊が油と火を用意してから、隊列を組んでいた。

「ケイン様、馬の用意ができました」
 十六、七歳くらいの若者が、ケインの愛馬を連れてきた。馬も防具をつけていた。見えるのは愛馬の可愛らしい眼だけだ。

 ケインは馬に乗ると、見張り台へと向かった。まだエドマンドの確認が終わってないようだ。エドマンドの横に立つと、ケインは見張り台にいる三人の男たちを見上げた。

「バハン伯の旗はあるか?」
「ここから見える範囲にはありません」
 三人の男のうち一人が、返事をした。

(ダグラスの信頼を失ったか)
 ブラック・ダグラス軍の奇襲組には入れられなかった。奇襲を懸けてくるくらいなら、一気に鎮圧したい証拠だ。

 奇襲に戦では強大なパワーを持っているバハン伯を投入しなかったとなると、ロイの言葉を信じたか。

 ロイが国王軍の中で裏切るという確固たる自信があり、国王軍を油断させるための作戦か。どっちにしても、こちらには有利だ。

「マー伯の旗は見えるか?」
「ハイランド系の旗は一切、見当たりません」
 見張り台の男が返答する。

(もしかして、他に作戦があるのか?)
 ハイランド地方の部隊がいないなんて、ケインの用意したカードで対応しきれないような作戦を考えているのだろうか。

 ケインはブラック・ダグラス軍の裏を掻いたつもりでいた。もしかしてジェームズ・ダグラスがさらに裏の裏をかいたのか。
 マー伯が国王軍と手を組んだと、知られているのか。それともバハン伯と手を組んだと思いこみ、他のハイランド貴族への信用も一気に失っただけなのか。

「チャールズに早馬を出した」
 ゼクスが馬で、見張り台まで来ると報告をした。

「奇襲組にハイランド貴族がいない。暗闇に乗じて、何かを仕掛けるつもりかもしれない」
「それなら、答は簡単だ。ロイの部隊を考えろ。西側に位置をとっていた。あの場所からハイランド貴族の部隊を招き入れるのだろう」
 ゼクスの考えに、ケインも頷けた。それならハイランド貴族がいないのに理解ができる。

 ハイランド貴族がいないと国王軍を油断させ、ロイが国王軍の陣地内にハイランド貴族を入れる。驚いた国王軍は隊列を乱し、挟み撃ちで攻撃したブラック・ダグラス軍は勝利する。
 ジェームズ・ダグラスの計画が見えた。ケインは顔を上げると、隣にいるエドマンドの顔を見た。エドマンドが驚いて、後ろに二歩ほどさがった。

「ロイの部隊はすべて馬防柵から離せ。抵抗する者、あやしい動きをする者は全て殺していい。かわりはエドマンドの部隊を置け」
 エドマンドが短い返事をすると、馬に乗って後方部隊に走り去った。


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