Mezza Voce Storia d'Aore-愛の物語を囁いて-
「踊ろうか。余も、ジョーンと踊りたいと思っていたところだ」

 ジョーンはジェイムズの手を取ると、席を立った。

 ジョーンとジェイムズは壇上から降りて、ダンスをした。音楽に合わせて身体を動かすのは楽しい。

 自然と顔の筋肉が緩んでいく。作り笑顔ではなく、心から笑顔になれた。

 我が侭を言えば、ケインと踊りたいものだ。目の端では、壇上のすぐ下に立っているケインが映った。

 ケインがジョーンを見ていた。ケインの熱い視線は、ジョーンの心を温かくする。

 ジェイムズの女遊びが酷くなり、ジョーンの部屋に寄りつかなくなっても、ジョーンは全然寂しくなかった。

 ジェイムズと夜を過ごさないほうが、ジョーンは幸せだ。ケインと一緒に楽しい時間を過ごせるから。

 突然、背筋に冷たい視線を感じて、ジョーンは振り返った。数十人の男女が立っていた。楽しく談笑しているように見える。

「どうしたのだ? 何を見ているのだ」

 ジェイムズが不思議そうに声を掛けてきた。

「何でもないわ。ドレスを踏まれたみたいだったから」

 ジョーンはジェイムズの顔を見て答えると、視線を落とした。ジェイムズの胸元をぼんやりと眺めながら、振り返った際に見た映像を、脳内で蘇らせる。

 映像の中では、ピンクのドレスを着ている女性――レティアが、鋭い視線をジョーンに向けていた。
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