Mezza Voce Storia d'Aore-愛の物語を囁いて-
「レティア嬢が、こちらに来るようです」

 視線は前を向いたままのケインが、ジョーンの耳元で囁いた。ジョーンもケインと同じ方向に視線を動かした。

 レティアの大きな瞳がジョーンを捉えていた。ジョーンと目が合ったレティアの表情が、一瞬して笑顔に変わった。

 大きな花が開いたような印象だ。若々しくて、可愛らしい表情がジョーンには羨ましく感じられた。

 レティアがジョーンの前で足を止めると、挨拶をしてから、スカートの裾を持って頭を下げた。

「レティアに会えて、私も光栄よ」

 ジョーンはレティアの頭が上がると、頬を持ち上げて笑顔をつくった。レティアの可愛らしさのある表情が、ジョーンと目が合うなり、いきなり険しくなった。

 憎しみの篭った瞳が、ジョーンの脳裏に焼きついた。

(ダンスの最中に睨まれたのは、勘違いじゃないわ)

 背中の凍るような視線がレティアからだと、今は確信できる。ジョーンの目にも自然と力が入った。

「私もいつかは子を産みたいと思っております」

 レティアがはっきりした口調で、ジョーンに宣言してきた。小さくてぷっくりした唇が、大きく動いていた。
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