Mezza Voce Storia d'Aore-愛の物語を囁いて-
「無理に笑う必要はないと申しているはずです」

 ケインがジョーンを抱きしめた。力強い腕が、ジョーンの身体を包み込んでくれる。ケインの汗の臭いですら、爽やかに香った。

 ジョーンはケインの広い胸に、顔を埋めた。

 心地よい体温が、ジョーンの気持ちを心安らかにする。不安な気持ちも、底のない恐怖心も何もなかったように消し去ってくれる。

「レティアがケインについて、エレノアに聞いてきたそうよ」

 ケインの指がピクリと動いた。何か思い当たる節があるのだろうか。ジョーンは顔を上げてケインの表情を見た。

 ケインが笑顔を見せて唇にキスを落としてきた。唇を割いて入ってくるケインの舌が、ジョーンの身体を熱くする。

 ジョーンはケインと間をあけると、背を向けた。

「嫉妬や焼きもちだって、わかっているわ。でも、エレノアから聞いたときは、心臓が止まるかと思った。ケインをレティアに奪われるんじゃないかって。ジェイムズと恋をして、妻になりたいって心から思っているなら、こんな不安になんかならない。レティアは、ジェイムズを愛しているとは思えないの」

 ジョーンの呼吸が荒くなり、語尾が強くなった。ジェイムズに愛されたのをきっかけに、王妃の座を狙っているに違いない。
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