Mezza Voce Storia d'Aore-愛の物語を囁いて-
 ジェイムズが執事と一緒に、書斎に向かう。

 ジョーンの肩が、やっと解放された。湿った手の感触がまだ残っており、亡霊に纏わりつかれているような感覚に陥る。マードックたちもジェイムズの後を追いかけるように去っていった。

 多くの足音が、ジョーンから離れていった。

 ジョーンは高い天井を見上げた。温かさの欠片が微塵も感じられない大きな箱が、これから一生ジョーンの生活する場所となる。
        




 ジョーンはメイドに寝室の場所を案内されると、歩きやすい服装に着替えた。上はピンクのチュニックに、下は白いズボンと茶色のブーツを履いた。

 ジョーンの愛犬の名はヘレン。スコティッシュ・ディアハウンドという犬種だった。

 スコティッシュ・ディアハウンドの体型はグレーハウンドとよく似ていた。グレーハウンドよりも大きく、骨がしっかりしており、ダブルサスペンションギャロップで力強く、スピードを緩めずに長時間走り続けられた。

 伸びている被毛は硬めで細かくカールがかかっていて、身体の輪郭に沿ってはえていた。被毛のおかげで、厳しい寒さや湿気のある地域など、どんな天候下でも狩猟ができ、汚れを防いで清潔を保っていた。

 スコティッシュ・ディアハウンドは鹿猟に優れた能力を発揮する高貴な犬として高い評価を獲得し続けていた。

 愛犬の名を呼ぶと、ジョーンは犬を連れて中庭の散歩に出かけた。イングランドから連れてきたメイドの一人、エレノアと騎士のケインを従えて出発する。

 広い城内をすぐに覚えられるはずもない。ジョーンは、王妃付きとなったスコットランドのメイド、ローラも案内人として同行させた。

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