口吸い【短編集】
男を部屋の中にいれたのは初めてだった。
今まで彼氏ができても淡い付き合いしかしてなかったり、短期間で別れたりと部屋に来させるタイミングは数少なかったように思えた。
立ち尽くしている広末に声をかけてやる。
「その辺座ってて」
そう言えば、返ってきたのは不機嫌なオーラだった。黒くどんよりした、それでいて苛烈なものだった。
「余裕ですね」
「何?緊張してるの」
「いいえ、全然、これっぽっちも」
広末は勢いよくそっぽを向くように強く言い切って、テレビの前にどすんと腰を下ろした。
若干苛ついたが、そこはあえて無視をする。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
そんなこと誰に聞いてもわからないが、一つ私だけにしかわからないようなことがある。
私は仄かで暖かい気持ちを彼に持っていたのだ。
色づく前にもぎ取って、真っ白な漂白剤をぶちまけて無かったことにした。
そして何事も無かったかのように仕事を辞めた。