口吸い【短編集】
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名前も知らないあの人はシミズというらしかった。まだ下の名前までは教えようとはしなかった。でも、それでもいいと思った。
私たちには、まだなんの繋がりもないのだから。
入ったのは小さな喫茶店だった。
公園のベンチへだとてっきり思っていたが、外は寒いし暗くなるということだった。
二人とも珈琲だけを頼んだ。
店員が奥に入ったのをシミズさんは見届けると、口を割った。
「………何から話せばいいのかわからないし、どこまで話せるのかもわからないから、聞きたいところを直接訪ねてはくれないだろうか」
そう言われて、ピンときた。
唇に重石を乗せて話すシミズさんの雰囲気はどこか、重い。
本当は、まだ迷っているのではないだろうか。
気付かないフリをして、他に聞きたいことを先に言うことにした。
「何かリクエストはありますか?」
「え?」
当然、呆けた顔をされた。
「人形の………それ以外は、古着とかで作った鞄やらポーチとかしかできませんけど」
指折り数えるまでもないくらいのレパートリーの少なさは自分でも把握しているつもりだ。
然程、器用ではない私が上手に作れる理由なんて、作りなれている他ないのである。
シミズさんは案の定、苦笑をもらした。
細い目をさらに細めて、何がいいですかねぇ、と逆に聞いてきた。