口吸い【短編集】
一歩だけ近付いて、見下ろされた。
レンズ越しの目は少し揺れている。
でも、その奥にあるのは、ただの黒だ。
黒が燃えるように揺れている。
それに気付いた瞬間、同じような黒が心のなかでマグマみたいに溶け始めた。
それは、体を、侵食して巡る。
その正体の考えがわかった時、聖なる自分はヘドが出るような想いだった。
だけれど、それはもう既に自分の中では廃棄処分されてしまっていた。
私は、知っている。
私も一歩近づいた。そして、背伸びをして彼の耳元に顔を寄せる。
「ねぇ。」