口吸い【短編集】
何回かターンをして、一息つくと上から彼は私を見下ろしていて、目が合うと人当たりの良い笑顔を向けた。
「今日はペース、速いですね」
「そうかな」
そうかもしれない。なんだか、いつもより疲れている。
「ま、目一杯泳げれば気持ちいいですもんね」
同意を求められるような、語尾の落とし方に私も頷いた。
プールサイドに顔を乗っけて至近距離から、話すことにした。下から見た腹筋にきゅんきゅんする。
そんな自分を閉じ込めて、いつも通りに笑う。
「そういえばなこないだ、教えてましたね。平泳ぎ」
あれは女子高校生だった。いつも同じコースにいるおじいちゃんおばあちゃんと話している。雰囲気が無邪気で、純朴そうな垢の抜けていない子であるから話し掛けやすいのだろう。
そんな彼女がここに通っている理由も健気なものらしく、自分と正反対である。
出来れば見かけたくはないものだ。
「あーーー……そうですね。あの子下手だから」
途切れ悪く、彼は溢すと不自然に切り上げ彼はプールサイドの掃除をし始めた。