私が立ち上がらなかった理由
2、
「………」
流と名乗ったその人が
せかすように私の顔を覗き込む。
「………、明日菜(アサヒナ)です。」
ある意味諦めたようで、
私は既に携帯をポケットの中にしまっていた。
「明日菜ちゃんね!可愛いね。よろしくどうぞ。」
私は小さく頭を下げる。
肩の下あたりまで延ばしたストレートの黒髪が顔にかかった。
顔にかかった髪を手で払いのけている私をみながら、流と名乗ったその人がにやりと笑う。
「大学ってこのあたり?」
私は東の方角を指さした。
「あっちの方です。電車で結構あります。」
「そうなんだぁ。俺この近くで働いてるんだ。でかい駅の側は便利だからね。」
「そうですか。」
目の前を通り過ぎる膨大な数の人間の中に、二人の会話に耳を止めるものなどいない。