金色の陽と透き通った青空
第3話 それから3年
杏樹の行方は全くつかめなかった……。
総帥は俺が離婚届を破棄した事に大変激怒したが、大人しく従順だった孫が、初めて自分に逆らった事にかなりショックも受けた様子だった。
「杏樹の事はお前に任す」と一言言っただけでその後は不問に終わった。
こうなる前に、もっとどうにか出来無かったのかと自分を責めた。総帥にも非があるが、己自身も同じように非があったのだと今頃になって気がついた。
愛情なのか執着なのか……。彼女に対するただの興味なのか……。これ以上自殺騒ぎを起されたくないと言う保身の為なのか……。自分でも良く分らないが、気になって仕方がなかった。
――3年が経過した頃だった……。
秘書が、ノートパソコンを抱えて、血相を変えて社長室に飛び込んできた。
「社長……。これを見て下さい!!」
秘書の持ってきたノートパソコンを見て驚いた。それは軽井沢の高級リゾート別荘地の森の片隅にある、小さな焼き菓子店のHPだった。
トップページは森に囲まれた中に佇む、絵本の中から抜け出たような小さなガーデンハウスのような店舗写真。店内の写真や、焼き菓子類の商品の紹介。店主紹介欄には杏樹の顔写真と、プロフィールが書かれていた。名前は旧姓の『海藤杏樹』になっていた。
――今でも君は、玖鳳杏樹なのに“海藤杏樹”だって?
幸せそうに笑ってる写真だった。この写真で初めて彼女の笑ってる顔を見た。お日様の様に温かな笑顔……。
彼女の笑顔を見て気持ちがモヤモヤした。俺にはこんな笑顔を見せてくれなかったじゃないか!!その笑顔が可愛くて、優しくて……。何故だか切なく悲しい気持ちになった。
店主ブログには、軽井沢でのほのぼのした生活の様子などが書込まれていた。
定休日は毎週水曜日、月2回。その水曜日に、手作りの服や小物などを、店舗横の小さな庭でヤードセールを開くらしい。
クッキーや保存の利くパウンドケーキのネット販売をしてる事を知り、洋酒漬けドライフルーツのパウンドケーキとクッキー詰め合わせを、偽名で注文してみた。
注文した商品は、1週間後に杏樹の知らない俺の隠れ家に使用しているマンションに届いた……。
あのガーデンハウスのような店舗の写真のついたポストカードと、心のこもった手書きの礼状カードが入っていた。
彼女の書いた字を初めて目にしたような気がした。少し丸みを帯び、女の子らしい柔らかな雰囲気も漂ってるが、流れるような美しい綺麗な字だった。
クッキーは一つ一つ可愛らしい絵柄のついたクリスタルパックに包装されていて、ピンクのギフトボックスに入っていた。子供や若い女の子が喜びそうな、綺麗にデコレーションされた色々な形のクッキー。
ひとくち食べて見たら、今まで食べたどのクッキーよりも美味しいと思った。高級洋菓子店のようなのとは一味違う、お母さんの手作りのような……。それでいてひとくち食べたら忘れられない味……。甘さは少し控え目だけれど、美味しい。体の中に優しさが広がっていくような味と言うのだろうか……。厳選した材料で、丁寧に心を込めて一生懸命作ったのが伝わってくる。
パウンドケーキも凄く美味しかった。
どぎつい甘さじゃなくて、洋酒が主張しすぎずに程よく利いていて、ふんわりしっとりしてこれもまた忘れられない味。
杏樹にこんな才能があったなんて!!
素晴らしい人だと思った。そして俺はなんて大ばか野郎なんだと思った……。
HPの店主ブログにはコメントも入れられるようになっていた。今日のブログは、庭に植えてあるハーブで作るお茶のお話し。
朝摘んだレモングラス、レモンバーム、スペアミントをティーポットに入れて、熱い湯を注いで作るフレッシュハーブティーの話しが書かれていた。
画像は庭にあるガーデンテーブルに、耐熱ガラスのティーポットに入ったフレッシュハーブとガラスの耐熱グラスのティーカップに、小皿に載せたハーブクッキーがUPされていた。
俺は、“フール”というハンネで、『自宅の庭で採取したハーブティー、いいですね。どんな味のするお茶なのか?とても気になります』と記入した。
“フール”の意味は、英語で”fool”ばか者という意味だ。俺にピッタリなネームだと思った。
数日後、彼女から返事が書かれていた。
『フール様 あのフレッシュハーブティーの味ですが、サッパリと爽かなお茶です。氷を入れてアイスにしても美味しいですよ! 宜しかったらお試しになって下さいネ』
杏樹からの返事が凄く嬉しかった……。
遠い手の届かない所に行ってしまった杏樹と、ほんの一瞬だけれど、また繋がる事が出来た。それがとても嬉しかった。
その翌日、ドライでしか入手できなかったが、早速あのハーブを購入して、ティーポットに入れて湯を注いで飲んでみた。
「う〜ん……」
こんな味なのかな? ちょっと違う感じもする……。ドライではあの写真の様に瑞々しく青々としてないし……。
慣れない味なのか? それ程美味しく感じなかった……。だが、彼女に少し近づけた気がした。
――杏樹……。無性に会いたい……。
会いに行っても拒絶される事は分っていても、会いたくてたまらなかった。
(第4話に続く)
総帥は俺が離婚届を破棄した事に大変激怒したが、大人しく従順だった孫が、初めて自分に逆らった事にかなりショックも受けた様子だった。
「杏樹の事はお前に任す」と一言言っただけでその後は不問に終わった。
こうなる前に、もっとどうにか出来無かったのかと自分を責めた。総帥にも非があるが、己自身も同じように非があったのだと今頃になって気がついた。
愛情なのか執着なのか……。彼女に対するただの興味なのか……。これ以上自殺騒ぎを起されたくないと言う保身の為なのか……。自分でも良く分らないが、気になって仕方がなかった。
――3年が経過した頃だった……。
秘書が、ノートパソコンを抱えて、血相を変えて社長室に飛び込んできた。
「社長……。これを見て下さい!!」
秘書の持ってきたノートパソコンを見て驚いた。それは軽井沢の高級リゾート別荘地の森の片隅にある、小さな焼き菓子店のHPだった。
トップページは森に囲まれた中に佇む、絵本の中から抜け出たような小さなガーデンハウスのような店舗写真。店内の写真や、焼き菓子類の商品の紹介。店主紹介欄には杏樹の顔写真と、プロフィールが書かれていた。名前は旧姓の『海藤杏樹』になっていた。
――今でも君は、玖鳳杏樹なのに“海藤杏樹”だって?
幸せそうに笑ってる写真だった。この写真で初めて彼女の笑ってる顔を見た。お日様の様に温かな笑顔……。
彼女の笑顔を見て気持ちがモヤモヤした。俺にはこんな笑顔を見せてくれなかったじゃないか!!その笑顔が可愛くて、優しくて……。何故だか切なく悲しい気持ちになった。
店主ブログには、軽井沢でのほのぼのした生活の様子などが書込まれていた。
定休日は毎週水曜日、月2回。その水曜日に、手作りの服や小物などを、店舗横の小さな庭でヤードセールを開くらしい。
クッキーや保存の利くパウンドケーキのネット販売をしてる事を知り、洋酒漬けドライフルーツのパウンドケーキとクッキー詰め合わせを、偽名で注文してみた。
注文した商品は、1週間後に杏樹の知らない俺の隠れ家に使用しているマンションに届いた……。
あのガーデンハウスのような店舗の写真のついたポストカードと、心のこもった手書きの礼状カードが入っていた。
彼女の書いた字を初めて目にしたような気がした。少し丸みを帯び、女の子らしい柔らかな雰囲気も漂ってるが、流れるような美しい綺麗な字だった。
クッキーは一つ一つ可愛らしい絵柄のついたクリスタルパックに包装されていて、ピンクのギフトボックスに入っていた。子供や若い女の子が喜びそうな、綺麗にデコレーションされた色々な形のクッキー。
ひとくち食べて見たら、今まで食べたどのクッキーよりも美味しいと思った。高級洋菓子店のようなのとは一味違う、お母さんの手作りのような……。それでいてひとくち食べたら忘れられない味……。甘さは少し控え目だけれど、美味しい。体の中に優しさが広がっていくような味と言うのだろうか……。厳選した材料で、丁寧に心を込めて一生懸命作ったのが伝わってくる。
パウンドケーキも凄く美味しかった。
どぎつい甘さじゃなくて、洋酒が主張しすぎずに程よく利いていて、ふんわりしっとりしてこれもまた忘れられない味。
杏樹にこんな才能があったなんて!!
素晴らしい人だと思った。そして俺はなんて大ばか野郎なんだと思った……。
HPの店主ブログにはコメントも入れられるようになっていた。今日のブログは、庭に植えてあるハーブで作るお茶のお話し。
朝摘んだレモングラス、レモンバーム、スペアミントをティーポットに入れて、熱い湯を注いで作るフレッシュハーブティーの話しが書かれていた。
画像は庭にあるガーデンテーブルに、耐熱ガラスのティーポットに入ったフレッシュハーブとガラスの耐熱グラスのティーカップに、小皿に載せたハーブクッキーがUPされていた。
俺は、“フール”というハンネで、『自宅の庭で採取したハーブティー、いいですね。どんな味のするお茶なのか?とても気になります』と記入した。
“フール”の意味は、英語で”fool”ばか者という意味だ。俺にピッタリなネームだと思った。
数日後、彼女から返事が書かれていた。
『フール様 あのフレッシュハーブティーの味ですが、サッパリと爽かなお茶です。氷を入れてアイスにしても美味しいですよ! 宜しかったらお試しになって下さいネ』
杏樹からの返事が凄く嬉しかった……。
遠い手の届かない所に行ってしまった杏樹と、ほんの一瞬だけれど、また繋がる事が出来た。それがとても嬉しかった。
その翌日、ドライでしか入手できなかったが、早速あのハーブを購入して、ティーポットに入れて湯を注いで飲んでみた。
「う〜ん……」
こんな味なのかな? ちょっと違う感じもする……。ドライではあの写真の様に瑞々しく青々としてないし……。
慣れない味なのか? それ程美味しく感じなかった……。だが、彼女に少し近づけた気がした。
――杏樹……。無性に会いたい……。
会いに行っても拒絶される事は分っていても、会いたくてたまらなかった。
(第4話に続く)