金色の陽と透き通った青空
第9話 招かざる訪問者
忘れようと思って、忘却の彼方に追いやってしまった人……。そう努力してきた人……。その人が今、自分の目の前にいる。
信じられない……絶対に悪夢だわ……。やっぱり熱が高くておかしくなってしまったのだわ……。
なにも言葉が出て来なかった。熱が高い事もあってペタンとその場に座り込んでしまった。
「お……おい……大丈夫か?」
その幻は、扉を開けようとしてるけれどチェーンがかかっているので容易には開かない。
――と思ったのに、この幻は容易に手を伸ばしてヒョイと難なくチェーンを外し、家に入って来た。
『うそ...』
やっぱり幻だ……。病気の時には嫌な夢を見る事があるけれど、これは悪夢だ……。だから熱が下がったら、この悪夢は消えるはずだ!!
そうよ……目が覚めたら消えているはず。
でも少し変……。離婚した当時の元夫とは少し違っている。表情も柔らかになったし、接し方も優しいし、何よりいつも目を合わせなかった人なのに、ジッと私を見てきて目を離そうとしない。それに……。あの時よりも年をとった気がする。私があの時から4年弱年をとったのと同じに、この人もそのぐらい年をとった感じだ……。
なんだかだんだん力が抜けて、意識が遠のいていった...。
――気がついた時には病院のベッドにいた。
「お……おい……。大丈夫か?!」
またこの悪夢の元夫が現れた。やはりまだ夢の中なのね……。私の寝ているベッドの側で、私の顔を覗き込んでいる。
ああ……。でも、こうやって真っ直ぐ顔を見られた事ってあったかしら? こんな心配そうな表情も初めて見た顔だわ。相変わらず血統の良さを感じさせる綺麗な顔……。だけど……とても憎らしい人だわ!!
「しつこい人ね……。早く消えて!! 許可もなしに人の夢の中に勝手に出て来ないで!!」
もういい加減目の前をチヨロチョロされるのにもうんざりしてきた。あなたは私の記憶の中から抹殺した過去の人なのよ!! 私の許可なしに、勝手に夢の中に出て来ないで!!
「おい大丈夫か?これは夢じゃないぞ……。熱で頭がボッとしてるのか?」
「えっ?!」
手を伸ばして、元夫の顔に触れてみた……。妙にリアルな感触……。夫のほっぺをつまんで捻ってみた。
「あいったたたたっ……」
悲鳴を上げる声がリアルだ……。
う……うそっ!! これって現実の事なの?
「うそ……。本物?」
熱っぽくて涙目になった瞳を凝らしてジッと見た。
「ああ……」
頬を擦りながら疚しそうな表情で、元夫が答えた。
「何で……何で私の事……知ってるの?」
「お前とメールをやり取りしてた”フール”は俺なんだ……。大ばか野郎のフールさ……」
悪い事をした時の子供のような顔をして、少し上目遣いで杏樹の顔色を伺いながら、智弘が答えた。
「ええっ……」
またまたショックだった……。本当にこれは現実の事なの? こんな事って信じられない……。
愕然として、力が抜けた。これなら悪夢であった方がどれだけましか……。
「本当に……ゴメン……」
頭をペコリと下げて、平謝りする元夫……。
そう言えばあの離婚届は破棄したと言ってた……。という事は、この人は ”まだ夫?” 悪夢だ……最悪の悪夢だ……。
変だと思ってた。お店をオープンするに当たり、家をリフォームして、庭を手入れして、許可を取得して、やっとオープンと言う時に、そのままにしておいた住民票をここに移動した。離婚して2年半程の年月が過ぎていたのにも関わらず、まだ籍は抜けてなかった……。
だが、私の事などどうでも良くて、届けさえも適当な扱いにされてるんだと、そのうち出されるだろうと思ってあまり気にもとめてなかった……。
この人には離婚の意志がない? まだあの悪夢のような生活を望んでるって言う事? なにも言葉が無かった……。
「先生の話しでは、風邪だそうだが、疲れがたまっていて体の免疫力が低下してた為、高熱が出たそうだ。少し脱水症状を起していたそうで、抗生剤と解熱剤を打ったからもう大丈夫でしょうって……。だから、今してるこの点滴が終ったら、家に帰ってもいいそうだ。後は家で安静にしてるようにって……。ここで無理したら肺炎を併発する可能性もあるから、くれぐれも無理しないようにと言ってた。俺が側にいるのは不快に思うかもしれないけれど、少しでも償わせてもらいたいんだ……。杏樹が元気になるまで看病させて欲しい……。許可しておくれ……」
(ええっ……嘘でしょう!!)と思った……。
だけど本当に具合が悪くて、喧嘩してるような気力もなかった。許可するとも、ここから立ち去れとも言えず、ただ黙っていた。
それに……頼る人が居なかった……。
「分りました。けど……私……もう夫だなんて思ってませんから……」
「でも、俺は別れるつもりはないから。君が許してくれるまで、側で償うつもりだ……」
側にずっといるつもりですって!!
「償うのなら、私の目の前から消えて下さい!!」
「死ねって事なのか?」
智弘は、ちょっと冷や汗を垂らすような、驚いたような深刻な顔をした。
「じゃなくて……東京に帰って下さい……私が元気になったら……。今は、情けない事にあなたの助けがなければ動けない状態なので、看病は許可します」
私自身なんて勝手な言い分だろうと思ったけれど、本当に助けが必要だった……。それにこんな事以上に元夫は身勝手な振る舞いを続け、私をズタズタに傷つけて……。それに比べたら大した事じゃないわよね。
「償うけれど、君の側から消える約束は出来ない……。ずっと君の側で、償うつもりだ……。会社の辞表も出して来た。と言っても、社長が辞表と言うのも変だが……。会社は副社長をして来た俺の右腕と、側近に後を頼んで来た。会長には社長退任の旨を伝えて、勘当を願い出た。まだ正式勘当はされてないが……全て捨ててここに来た……」
唖然とした……。なんて言う人なんだろう……。この人本当に ”フール” だわ……。
――確信した……。
「まあ……先々の事は、杏樹が元気になってから話し合おう。とりあえず、看病の許可は貰ったから……点滴も終ったし、外して貰って家に帰ろう」
――なんだか心なしかこの元夫がウキウキしてるようにも見える……。
「あ……看護士さ〜ん!! 点滴終ったので、外して下さ〜い!!」
――やっぱり、浮かれてるように見える……。
「早く家に帰ろうな……」
――初めて見た気がする……。元夫の微笑みを……。
一瞬天使の微笑みのように見えて、そんな風に思った自分にゾワッとした。今は病気だから、我慢します。だけど元気になったらただじゃおかないから……。
やっと私が築き上げた安住の聖地から、この悪夢を追い出さないと……。
(第10話に続く)
信じられない……絶対に悪夢だわ……。やっぱり熱が高くておかしくなってしまったのだわ……。
なにも言葉が出て来なかった。熱が高い事もあってペタンとその場に座り込んでしまった。
「お……おい……大丈夫か?」
その幻は、扉を開けようとしてるけれどチェーンがかかっているので容易には開かない。
――と思ったのに、この幻は容易に手を伸ばしてヒョイと難なくチェーンを外し、家に入って来た。
『うそ...』
やっぱり幻だ……。病気の時には嫌な夢を見る事があるけれど、これは悪夢だ……。だから熱が下がったら、この悪夢は消えるはずだ!!
そうよ……目が覚めたら消えているはず。
でも少し変……。離婚した当時の元夫とは少し違っている。表情も柔らかになったし、接し方も優しいし、何よりいつも目を合わせなかった人なのに、ジッと私を見てきて目を離そうとしない。それに……。あの時よりも年をとった気がする。私があの時から4年弱年をとったのと同じに、この人もそのぐらい年をとった感じだ……。
なんだかだんだん力が抜けて、意識が遠のいていった...。
――気がついた時には病院のベッドにいた。
「お……おい……。大丈夫か?!」
またこの悪夢の元夫が現れた。やはりまだ夢の中なのね……。私の寝ているベッドの側で、私の顔を覗き込んでいる。
ああ……。でも、こうやって真っ直ぐ顔を見られた事ってあったかしら? こんな心配そうな表情も初めて見た顔だわ。相変わらず血統の良さを感じさせる綺麗な顔……。だけど……とても憎らしい人だわ!!
「しつこい人ね……。早く消えて!! 許可もなしに人の夢の中に勝手に出て来ないで!!」
もういい加減目の前をチヨロチョロされるのにもうんざりしてきた。あなたは私の記憶の中から抹殺した過去の人なのよ!! 私の許可なしに、勝手に夢の中に出て来ないで!!
「おい大丈夫か?これは夢じゃないぞ……。熱で頭がボッとしてるのか?」
「えっ?!」
手を伸ばして、元夫の顔に触れてみた……。妙にリアルな感触……。夫のほっぺをつまんで捻ってみた。
「あいったたたたっ……」
悲鳴を上げる声がリアルだ……。
う……うそっ!! これって現実の事なの?
「うそ……。本物?」
熱っぽくて涙目になった瞳を凝らしてジッと見た。
「ああ……」
頬を擦りながら疚しそうな表情で、元夫が答えた。
「何で……何で私の事……知ってるの?」
「お前とメールをやり取りしてた”フール”は俺なんだ……。大ばか野郎のフールさ……」
悪い事をした時の子供のような顔をして、少し上目遣いで杏樹の顔色を伺いながら、智弘が答えた。
「ええっ……」
またまたショックだった……。本当にこれは現実の事なの? こんな事って信じられない……。
愕然として、力が抜けた。これなら悪夢であった方がどれだけましか……。
「本当に……ゴメン……」
頭をペコリと下げて、平謝りする元夫……。
そう言えばあの離婚届は破棄したと言ってた……。という事は、この人は ”まだ夫?” 悪夢だ……最悪の悪夢だ……。
変だと思ってた。お店をオープンするに当たり、家をリフォームして、庭を手入れして、許可を取得して、やっとオープンと言う時に、そのままにしておいた住民票をここに移動した。離婚して2年半程の年月が過ぎていたのにも関わらず、まだ籍は抜けてなかった……。
だが、私の事などどうでも良くて、届けさえも適当な扱いにされてるんだと、そのうち出されるだろうと思ってあまり気にもとめてなかった……。
この人には離婚の意志がない? まだあの悪夢のような生活を望んでるって言う事? なにも言葉が無かった……。
「先生の話しでは、風邪だそうだが、疲れがたまっていて体の免疫力が低下してた為、高熱が出たそうだ。少し脱水症状を起していたそうで、抗生剤と解熱剤を打ったからもう大丈夫でしょうって……。だから、今してるこの点滴が終ったら、家に帰ってもいいそうだ。後は家で安静にしてるようにって……。ここで無理したら肺炎を併発する可能性もあるから、くれぐれも無理しないようにと言ってた。俺が側にいるのは不快に思うかもしれないけれど、少しでも償わせてもらいたいんだ……。杏樹が元気になるまで看病させて欲しい……。許可しておくれ……」
(ええっ……嘘でしょう!!)と思った……。
だけど本当に具合が悪くて、喧嘩してるような気力もなかった。許可するとも、ここから立ち去れとも言えず、ただ黙っていた。
それに……頼る人が居なかった……。
「分りました。けど……私……もう夫だなんて思ってませんから……」
「でも、俺は別れるつもりはないから。君が許してくれるまで、側で償うつもりだ……」
側にずっといるつもりですって!!
「償うのなら、私の目の前から消えて下さい!!」
「死ねって事なのか?」
智弘は、ちょっと冷や汗を垂らすような、驚いたような深刻な顔をした。
「じゃなくて……東京に帰って下さい……私が元気になったら……。今は、情けない事にあなたの助けがなければ動けない状態なので、看病は許可します」
私自身なんて勝手な言い分だろうと思ったけれど、本当に助けが必要だった……。それにこんな事以上に元夫は身勝手な振る舞いを続け、私をズタズタに傷つけて……。それに比べたら大した事じゃないわよね。
「償うけれど、君の側から消える約束は出来ない……。ずっと君の側で、償うつもりだ……。会社の辞表も出して来た。と言っても、社長が辞表と言うのも変だが……。会社は副社長をして来た俺の右腕と、側近に後を頼んで来た。会長には社長退任の旨を伝えて、勘当を願い出た。まだ正式勘当はされてないが……全て捨ててここに来た……」
唖然とした……。なんて言う人なんだろう……。この人本当に ”フール” だわ……。
――確信した……。
「まあ……先々の事は、杏樹が元気になってから話し合おう。とりあえず、看病の許可は貰ったから……点滴も終ったし、外して貰って家に帰ろう」
――なんだか心なしかこの元夫がウキウキしてるようにも見える……。
「あ……看護士さ〜ん!! 点滴終ったので、外して下さ〜い!!」
――やっぱり、浮かれてるように見える……。
「早く家に帰ろうな……」
――初めて見た気がする……。元夫の微笑みを……。
一瞬天使の微笑みのように見えて、そんな風に思った自分にゾワッとした。今は病気だから、我慢します。だけど元気になったらただじゃおかないから……。
やっと私が築き上げた安住の聖地から、この悪夢を追い出さないと……。
(第10話に続く)