空色の瞳にキスを。
三人の後をつけてくる足音は、魔術を聴覚に発動していないナナセには全く聞こえない。

彼女はなにも気付かずにスズランの隣を歩いている。


足音の主たちは、足音を潜める達人のようだ。

かすかな音が聞こえているのは異質な耳を持つ二人。

今の彼女の旅立ちの話は聞かれているだろう。



だからもう、悟ったのだろう。


彼女を確実に狙うなら、チャンスは今夜限りだと─。




ルグィンとナナセがぽつぽつと旅立ちの用意について相談し始めた頃。



隣でスズランはひとり、金と茶の混じった深みのある瞳を一層深めていた。


そうして歩き続けるとナナセの部屋の扉の前に着いた。


ちょっと先に入っていて、と言い残すと、スズランは去っていく。

そんなスズランを怪訝な顔でナナセは見送る。

彼女が廊下の曲がり角に消えると、二人は部屋に入りいつもの居場所に落ち着く。


ルグィンがナナセを見やれば、唇を引き結んで、うかない顔。

そんな彼女に。

「…出発は急で、大丈夫か?」

思わず、声をかけた。

外を眺められる窓辺の椅子に腰かけたナナセに、心配そうな声がかかる。

座った椅子から立ち上がり、黒猫がナナセに近寄っていく。

その動作を見て、視線を泳がせるナナセにため息を溢す。

青いエプロンスカートの裾を握りしめて俯いた彼女は、決心がついたように口を開く。


彼女の隣に来た黒猫が、黙って答えを待つ。


「大丈夫、慣れてるもの。
急な出発はいつものこと。」


切なく笑うその笑顔が、どうしても苦しそうで、彼女の言葉を鼻で笑ってひとつ零す。


「…強がりだな。」

いつもの低く温かい声音で。

「え…。」

その台詞にナナセが顔を上げれば、声の主はガラス越しの曇り空を見ていた。

さっきとは違う理由で唇を引き結んで、彼を見つめる。


…答えが欲しいと言うように。


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