空色の瞳にキスを。
「はじめて…。」

銀髪の少女は、空色の瞳を揺らして、無意識に口元に手を添えて口ずさむように呟く。


その小声に気付いたのか彼女の視線とルグィンの視線が交差する。

言葉はなく、沈黙が包む。


─そんな言葉をあたしに言う人なんて、はじめて。


それがどうしてか胸が、喉がつっかえるように苦しくて。


育ったのは強がらないと、気を張らないと心が持たない世界の中。

一人で生きていく癖が付いた自分にそんな言葉を溢すのは、あなたがはじめて。


小さな頃から賞金首で誰にも頼れなかったから当然だけれど。


だけどあたしを、王女じゃない『ナナセ』に気付いてくれた。


それがどうしてか嬉しくて。

切なくて。

けれど、その『はじめて』は心に深く刻まれて。

心に暖かい灯火と共に残って。


「…強がりね、あたしは。」


空色の瞳を伏せて答えた遅い遅い返事に、ナナセの頭に大きな手が乗った。

スカイブルーの瞳を閉じて自分の銀髪越しに大きい彼の手の温もりを感じる。

ルグィンはいつも優しく心に触れてくる。

微かな温もりをあたしの心に灯していく。

─きっとあたしは、嫌いじゃないんだ。

アズキたちと同じように、多分あたしは好意を抱いてるんだ。

心は、なくしたくない。

まだ理性は警告を発している。

けれど別れが辛くて、よく笑って、裏切りが苦しい自分がいいと思える。

変化する自分は、まだついていけないけれど嫌いではない。

だから。


「ありがとう。」

泣きそうな顔で精一杯に笑って、お礼を言う。

くしゃ、と銀が乱されて頭から彼の手が離れていく。


「スズラン。」

ルグィンがしかめっ面と嫌そうな声音でライオンの少女の名を呼ぶ。

ナナセも扉を見れば、そこには彼女がいた。

「お帰りなさい。」

ルグィンとは対照的な弾けるような笑みでスズランを迎えたナナセ。

「いつからいた?」

「さぁ?
よく聞こえるなら、知っているでしょ?」

「あぁ、悪いね。
音もなく入ってきたところを見つかったんだっけ。」

嫌味のようだけれどどこか柔らかな言い合いに、ナナセはふぅ、と安心しきったため息をつく。


かちゃん、とスズランが机に置いたのはいつも三人でお茶を飲む3つのティーカップ。

紅茶を淹れるわ、と立ち上がったスズラン。

ナナセはいつものように手伝おうと付いていこうとすると、振り向いて止められた。

「今日はいいわ。」

手を目の前に出されて拒否された。
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