空色の瞳にキスを。
きょと、とするナナセに彼女は微笑む。

「準備しておいで。
ルグィンがいたら出来ないこともあるでしょう?」

最後はニヤリと笑った。

そう言う彼女にナナセはパッと頬に朱を散らして、裏切りから初めてふわりと心から笑った。

「うん、ありがとう。」


ナナセが笑って見上げたスズランが、作り物の冷たい笑顔で自分に笑いかけたように見えたのは、きっと気のせい。



スズランの違和感にどうしたらいいのかわからなくて、彼女の前からナナセは走り去った。


そしてナナセは部屋の端の目に付きにくいタンスを開ける。

持ってきた服は数少ない、かさばらない使いなれたものばかり。

自分の服はすぐにまとまって小さな鞄にすべてが入りきる。

いつも大事なものはわざと作らない。

けれど、このタンスを一杯にしているのはスズランがくれた衣装たちは、自分にとって大事なものに変わった気がする。

置いていくのが勿体無いような。

そう感じて手が止まる。

もう、ここには戻ってこないかもしれない。

だけど、これは捨てないでおきたい。

着飾る機会のほとんどない自分にはいらないものなのに、無性にそう思う。

欲張っちゃ、いけないのに。




「ねぇ、スズラン。」

姉のように慕う人の名が口をついて出る。

お湯を沸かしながらスズランは振り返る。

「あ、ドレス?」

空色の瞳の少女はこくりと頷いて。

「また、取りに来ちゃだめかな…。」

そんなことを言うナナセに、スズランは少し目を丸くしてそして口元を緩めた。

「いいよ、二人を助けたあとに四人でおいで。」

ありがとう、と感謝をして見納めのように目に焼き付けてから、引き出しを閉じる。

そして鞄のチャックを閉める。


「ナナセ、出来た?」

「うん。」

鞄を持ってテーブルへと駆け寄る。

「え…荷物それだけ?」

スズランの瞳が丸く見開かれる。

「あ…うん。」

瞳を伏せて淡く笑うナナセを、なにも言わずに見詰める。

鞄を床に置いて席についた彼女の目の前に、温かい紅茶のカップが差し出される。

三人ともが座り、紅茶を口に含む。

数分の静寂を破り、彼女が口を開いた。

「ねぇ、ふたりとも。
今日の夜は、あたしの部屋には来ないでね。」

ルグィンが呆けたように目の前の銀色の少女を見詰める。

「は…?」

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