空色の瞳にキスを。
その声はナナセにとって、聞き覚えのある声だった。

ついさっき聞いた声だった。
けれども同じ人と言えないくらいの違う声色だった。

さっき聞いた声はあんなに温かかったのに、今は冷たくて残忍な響き。

カイは口を開いたが、さっきよりも喋るのが苦しそうだ。

いつものように長い髪でまた左目を隠して──それでも、刺すような瞳で。


「やはりお前か────ライ。」
声で、誰か分かっていた。

だけどあたしの知ってる人はこんな声をしない、とナナセは拒否する。

後ろなんて、振り向きたくなかった。

自分だって、分かっている。
けれど、信じたくなかった。そう思う心に反して、体は後ろを向いてしまう。


──見たくなかった。信じたくなかった。


振り向いたら、もう元に戻れない。

後ろを振り返ってナナセに見えたのは黒い靴に、黒いスーツ。
金髪と黒のまじった髪。


「ライ……。」

とうさんといつも笑って、日々を過ごしてきたライ。

優しい、温かなライしか彼女は知らないのに、馬鹿にするような瞳で、二人を見下ろしていた。


嘘だと泣きそうで、叫びそうで。
でも喉につかえた声は出なかった。


「ライ」
「はい。」

ライはいつもの様な、かしこまった態度ではない。
軽く笑っている。
馬鹿にするような笑みが口元に隠すことなく乗せられる。


「お前の狙いは、何だ?」

カイはライをまっすぐに見据える。言葉を返す執事の瞳はやはり、冷めている。


「あなたの宝を、頂きに来ました。」
「──ナナセか!?」


カイは少し慌てた顔で娘に手を伸ばす。

起き上がってでも、苦しそうに向けてくる銀灰色にナナセはびくりとする。

カイのベッドに手を伸ばせば届きそうな距離に立つナナセの後ろには、ライがいる。

脅してもおかしくない距離に、ライはぴたりとナナセに寄るが、意味が分かっているのは大人だけ。
背の高いライはまだ彼女が子供なのと、カイが座っていることで、どうしても見上げる格好になる。

ライがいつもと違う様に見えるのは、きっとそのせいもある、とまだナナセは自己暗示をかける。

カイが一呼吸おいて、さっきの質問に言葉を返す。

「ナナセ?

──ふ、この王女はあの母親譲りの高い密度の魔力で厄介なんだよな。
魔力の低い父親の血を受け継げばよかったのに。
もう少ししたらきっと首狩りリストに入るぜ?


まぁ、今のうちに消えてもらってもいいかな?」

崩れた敬語に、嘲笑うような声音。

その言葉にやっと、背中を冷たいものが通る。


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