空色の瞳にキスを。
「なんで?
あんなに綺麗なのに?」

口を尖らせて不満そうに言うアズキに、ナナセは困ったような笑顔を返す。

「あたし、悲しい恋の歌は上手く気持ちが乗せられないみたいで。
一度歌って稼いでいたときもあったけど、明るい歌しか歌ってないの。」

その涼やかな声に、アズキの声がまた返る。

「じゃあ今はなんで?」

その問いには彼女は今までみたいにすぐには答えてくれなかった。

ちょうど吹いた風が二人の髪を巻き上げた。
その風の中、赤い瞳と銀の髪が淡い月光を浴びて煌めく。

ゆっくりと開かれる、彼女の薄い唇をアズキは見ていた。

「なんでかな。
この歌が今なら歌えそうな気がしたの。

たまたまメロディも好きだったこの歌、歌いたい気分になったの。」

泣きそうな、そんな笑み。

さっきの歌には、澄んでいるのに悲しい響きがあった。

綺麗で、切なくて。

優しい、ナナセの歌。

歌っていた理由を聞いてからじっと二人で見つめ合う。

お互いなにも言わずに、闇に影を作られた、瞳の奥をじっと見る。どちらからともなく視線を逸らして、一呼吸。

「上手く歌えた?」

ぽつり、そう尋ねたアズキの声に、ナナセは目を丸くする。

数瞬の間があってから、ナナセの瞳が笑んだ。

「うん。」

照れたような、そんな可愛らしい笑みが見えたから、アズキも笑みを返したけれど。

「ねぇ、ナナセ?
悲しい歌が、恋をしていなくても歌えるくらいに抱え込まなくて、いいよ。

ね?」

こういう時くらい大人びた年下の女の子に、年上面をしてみたくて。

アズキはいつも以上に落ち着いた声で言う。

あえて、彼女の方は見ない。


ざぁ、と風が二人の間をすり抜けた。
ふわ、と彼女の優しい香りが鼻につく。

ぽす、と軽い音が聞こえて、ナナセが彼女の肩へもたれた。

目を閉じた彼女は、いつも通りに落ち着いていて。
だけどちょっとだけ泣きそうな響きを含んでいた。

唇は優しく弧を描いて、その形のまま紡いだ音は、儚く空気に溶けていった。

二人をくるんで温めているシーツがばさり、風になびく。
二人の目はそれを楽しむような色を持っていて。

それでいて二人は視線を合わさずに、遠くの星空と闇に溶けた山の境界線を眺めていた。

月光のせいか、不思議な色を孕んだ空色の瞳は思案に耽る。
綺麗で静かな夜景をその目に映して。


─あたし、いつまでもこの星空が見られる国でいて欲しいな。

─みんなが穏やかな笑顔で住める国でいて欲しいな。

─軍が戦いを仕掛けない、優しい国がいいな…。

薄い空色が月光の下、グンと冴え渡って、決意を滲ませる。


─ねぇ、ルグィン。

─ねぇ、とうさん。


─あたし、決めたよ。

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