空色の瞳にキスを。
誰もいなくなって明かりの消えた会場のベランダは、夜の闇と雲に隠れた微かな月明かりしかない。

開き直った黒猫は、意を決してもう一度同じ言葉を心を乗せて、紡ぐ。

「嫌いじゃない、な。」

ふ、と笑ってぎこちなく笑いかけてくる少年の顔を見てどうしてかナナセは気が楽になった。
机を挟んで向かい合った彼の手が、ファイの頭へ伸びてきて。

くしゃ、と黒髪に触れられるとナナセの中で膨らむ唐突すぎる感情。

─銀に、触れて欲しい。

─あたしに、触れて。

我儘な子供みたいな単純すぎる願いに、ファイは身を任せて銀を放つ。

「こら、誰か見ているかも知れないんだ。
無闇に戻るな。」

急にナナセに戻ったファイの頭に乗せられていた大きな黒猫の手は、驚きに引っ込んだ。

でも、ここにもう客はいないのは明白で、ここは影になっていて外からも見つけにくいのも承知だ。
それに自分の聴覚も理由にして、ルグィンはナナセを見る都合のいい理由にする。

ルグィンが鮮やかに捉える闇でも煌めく透明な空色は、なにかを言っているようで、自分の手の行き先をどうしようかと悩んだ。

けれど躊躇い宙に浮かんだその手は、欲に負けたようにゆっくりとまた彼女の銀髪に近付いて。
そっと近づく空気の揺らぎを感じて彼女はゆっくりと目を閉じる。

ルグィンは嫌がることは決してしない。

そんな信頼があるから、何の警戒もなく触れられた温かさを感じる。

大きな左手が優しく細い彼女の髪を梳いて、相変わらず先が軽く遊んだ銀髪に指と一緒に風が通る。

風はほんのりと熱を持つ彼女に冷たさを運んでくる。


「…綺麗だよな。
この色。」


彼の低い声は、どこか優しくて、きゅ、息が出来なくなる響きを秘めていた。

いつもとどこか違う低い声に、ナナセはゆっくり目を開けた。

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