空色の瞳にキスを。
魔術を使っていないナナセには、彼の顔は見えなくて。
けれど、見ようとは思わなかった。

見てしまえばなにかが壊れる気がしたから。
抑えつけた自分の心が暴れてしまう気がしたから。

それでも微かな月光のお陰で、テーブルから身を乗り出して手を伸ばしてくる姿は見ることができて。
じんわりとファイの胸に熱がまた広がる。

悲しいような切ないような目をしていることを当の本人は気づいていなくて、見詰められた黒猫がどきりとする。

金と空が絡み合って。

ファイはなにも言わないで、銀を乱す大きな手に任せた。

ざぁ、と庭の木々が揺れて、ふと視線を動かしてやっとルグィンとの距離に驚く。

いつの間にか自分も自然と上半身を前に倒していて、距離を無意識に詰めていたことに気付いた。

偽の姿を解いた王女と異形の少年の二人の間にあるのは、小さな距離。
鼻先数センチの、ほんの僅かな距離しかなくて。

ざわざわと葉の擦れる音がしていたのに、急になりを潜めて静寂に包まれる。


ナナセの目に彼だけ少し鮮やかに見えた気がした。

どちらかの喉が鳴る音が、やけに生々しく二人の距離を主張する。

じんわりと暖かさを感じるのは、ルグィンの手が触れているその場所と、それから。


ナナセの心に、すとんと答えは落ちてきた。



─多分、ううん、きっと…ちがう、絶対。


きゅ、と締め付けられる痛みをくれる、目の前の人が。



─あたし。


あんまりにも簡単に得られた答えに納得してしまってから気付いた。




─抑えて隠していたのは、この想いじゃなかったっけ―?

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