空色の瞳にキスを。
からからと音を立てて廊下を滑るカート。

ファイへと変化したナナセと、帽子を深く被ったルグィンと、隠さず耳をピンと尖らせたスズランとが赤い絨毯の上を歩く。


皆が起き出す時間になり賑わいの出てきた廊下。
しかし、ここの男達は三人を見るなり道を開けたり部屋へと帰ったりするから、結局、彼らは静かな廊下を歩くこととなる。

あまり人に出会ってボロを出したくないナナセにとってはこの状況は好都合だったが、複雑な心境でもあった。

屋敷の主人は名の通った異形で、頭の切れることで有名である。
よって、スズランに恐れをなして逃げていく彼女より年上で屈強な男たち。

だけどそれがどうしてかナナセには自分から逃げているように見えて、悲しくなる。

─こっちの方が、ボロを出す確率が減って良いはずなのに。

人との関わりが減ってちょっと寂しいなんて、思っちゃいけないのに。

隣で二人が話している声を聞きながら、彼女は黒髪で顔を隠してしまった。
悲しくなって俯いて瞳を伏せているとすぐに後ろから慌ただしい足音が響いてくる。

「お嬢様!
お客様がおいでです…!」

人が消えた廊下を、中年の細身の男が駆けてくる。

振り返った三人は、黒いスーツをなびかせながら走り寄る男に視線を集める。

「誰かしら?
私が出なければいけない?」

スズランの表情が、ナナセやルグィンに向けられるそれとは一変し、張り詰める。

「えぇ。

リク様のお父様がおいでです。」
厳しい声で言うその男に、獅子の彼女の肩が緊張で強張るのをファイは見てしまう。

─リクさんのお父様は怖い方なのかな…?

そんな考えが頭の中にポツンと浮かんだファイの耳に、スズランの声が聞こえてくる。

「分かったわ。今行く。」

即答した彼女は自分の両側に立つ二人を振り返り、口を開く。


「ごめん、二人とも。
少し行ってくる。

悪いけどそれ、二人で厨房に返してきて!」

気迫に圧され頷いたファイを見るが早いか、高速で走っていった金の耳が廊下の角へと消えた。

賑やかさもスズランが持ち去ったのか、彼女がいない二人きりの廊下には静けさが急に姿を現す。
静寂に飲まれるみたいに、身動きが取れなくなったファイは立ち止まったまま、言葉を無くす。

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