空色の瞳にキスを。
教育係のロウは、だだ広い幼い主人の部屋に一人残された。
けれどもため息をついただけで、慌てる様子はない。

ロウは彼女がどこへ飛んだのか見当はついていたし、彼女の脱走癖にはもう半ば諦めの境地に達していた。
第一、魔術師ではない彼女が王女を追うことは到底無理なことだった。

今年30歳を迎えたロウは、ナナセを小さい頃から世話をしてきた、いわば母親代わりのような存在である。
本当の母は──妃であるはずの彼女の母はもうここには居ない。

今はもういない妃が頭を過って、珍しくロウは感傷に浸る。
片付けながら、今はこの部屋にいないナナセを思う。

──あれほどに飛ぶことに魅せられている幼子はそう居ない。

その上、まだ小さなその身に抱える魔力は国一番の量と聞けば、多少我儘でも周囲が甘やかす。

彼女が大好きな父親も娘に甘く、賢い政治を敷く彼の弱点とも言えよう。


多少なりとも継承権がある親戚達の中で最も幼い彼女が第一王位継承者に認められているのも、この将来有望な理由からだ。

この一帯では男女差は王位継承権にはさほど関係が無い。

むしろ一般的に男性より女性の方が魔術に長けている者が多い為、女性の方がこの国の継承権争いでは有利であった。


未来の為政者として外を見るのは正しいかも知れないけれど、とまたため息をついた。

「あなたの魔力を欲しがっている奴らも少なくはないですのに。」


ロウはそっと閉じ込めたこの思いを、いつか妃の話と共にナナセにすることを心に固く決めている。

そのいつかは、ナナセが世界をしっかりと見据えてからだと思っている。
世界を知ってから自分の立ち位置を見定めてほしい、と。

けれど純粋な少女のままで、己の魔を楽しそうに使う王女であってほしいとも願っている。

けれどもそれはまだ胸の中に秘めて、ロウは手を動かす。

「まったくお嬢さまは……。
脱がれた服は畳みなさいと言っているのに……。」

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