空色の瞳にキスを。
伏せられていたスズランの瞳がまた、向かい側に座るナナセに向かう。

「あと、もうひとつ。」

口調の鋭さに、思わずナナセは唇を引き結ぶ。
普段スズランが好まない取って付けたような台詞に、彼女がこちらの方が言いたかったことだと悟る。

茶色に金色の混じる独特の瞳が、白銀の少女を射抜く。
まわりは息をつめてふたりを見守る。
聞いてしかいないルグィンでさえ、こちらを向いてふたりを視界に入れる始末。

突然の緊張感の中、スズランの声が響く。

「貴女この前、来年の冬までにルイの耳飾りを持つ貴女が城にあるルイの水晶に同調…触れなければ国は落ちると言ったわね。」

ナナセの祖父、ルイの祈りの断絶をスズランは国の陥落と言い換えた。
あながちそれは間違いではなくて、ナナセは糸に引かれるように頷いた。

「言ったよ。」

彼女の柔らかい砕けた口調は、今はどこか硬くて。

「いつ、行くつもりなの?」

ナナセは反射のように、ごくりと唾を飲み込んだ。

彼女自身、考えてはいたのだ。

─そっと隠して、気付かれないようにしていたのに。

内心、彼女の鋭さが怖いと思った。
たとえ決めても、報告するものではないと判断したナナセは、誰にも告げていなかった。

だから、口を開く勇気が要った。
「…春から、秋までに。
それまでに儀式は済ませたい。」

「え、もうすぐじゃん!」
「そうだよ!早くない?
冬までに済ませたらいいんでしょ?」

腹を括って口を開いたものだと知りつつも、アズキとトーヤは動揺する。

アズキとトーヤが慌てるのを見て、ナナセは困ったように笑う。
彼らの反応をちらりと見遣り、ルグィンはそっと、ため息をついた。

「まだもう少し先だよ。
準備はこれから。」

笑っていなければ、彼らはもう少し引き下がったかもしれない。

けれど、王を目指す階段にいて、自身にも危険な決意をしたまま、いつものように笑ったのだ。
その笑顔に、決意を宿したナナセが頑固だと思い出し二人は、笑った彼女に諦める。
引き留められないと知っているから、悲しい目をするアズキを見ながら、獅子が口を開く。

「だって、もしも内戦のように人を巻き込んでごらん?
ナナセがそこへ辿り着くのに半年かかるかも知れないわよ。」

そんな物騒な、とアズキが笑い飛ばせなかった。

「それに、貴女は余裕がある方が好みよね。」

「─うん、ぎりぎりは怖いかな。」

「じゃあ、春の方がいいわね。」
獅子が日取りをさらに細かく決めにかかるが、その意図を理解しているのは王女だけ。

そうね、と納得したように声をあげる彼女の隣で首をかしげるアズキ。

「何故。」

ナナセは珍しく口を挟んだルグィンの方を向く。

「春には海風で、よく霧が立つの。」

ルイの城下町カトラスは海沿いに立地しているため、風に運ばれた水蒸気で春にはよく霧が立ち込める。
霧がとても濃いときには、城下を自室から見下ろしてもほとんど白で埋め尽くされていたことを思い出したナナセは、懐かしいなぁと肩を揺らし笑う。

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